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NBAジョーダン引退特集
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「I'm back」−95年3月19日のペーサーズ戦で、ジョーダンは背番号「45」のユニホームを着て復帰した(AP)

 1963年2月17日、米ニューヨーク州ブルックリン生まれ。ノースカロライナ州育ち。シューティングガード。背番号「23」。子供のころは野球少年。

 1984年のドラフト全体3位でシカゴ・ブルズに入団、85年新人王。“エア”ジョーダンと称される滞空時間の長いジャンプとシュート力でスター街道を歩み、87年から7年連続でオールスター・ファン投票1位。プロ参加が認められた92年バルセロナ五輪で「ドリームチーム」の要として世界中にNBAブームを起こした。

 93年8月、父親が射殺された事件もあり、10月に突然現役引退を発表。94年2月、メジャーリーガーを目指してシカゴ・ホワイトソックスとマイナー契約を結ぶ。同年3月2Aサザンリーグでプロ野球選手としてデビューしたが、95年3月にNBAに復帰した。97年2月、オールスター戦史上初の14得点、11アシスト、11リバウンドの「トリプルダブル」を記録。史上初の2度のファイナル3連覇や、得点王10回、通算平均31・5得点など30以上の記録を樹立した。

 契約するナイキのシューズ「エア・ジョーダン」は爆発的ブームを巻き起こし、プロスポーツ選手年収で最高記録を次々に更新するなど、常に話題を振りまいた。


99年1月13日、ファニータ夫人とともに2度目の引退会見に臨んだジョーダン(AP)

 99年1月、「普通の父親になりたい」と2度目の現役引退を発表。翌年、ウィザーズの共同オーナー兼運営責任者となり、フロントとしてチームづくりに携わった。だが、低迷を続けるチームを強化するため、ロックアウト後人気低迷するNBAを救うため、「救世主」として01年9月、ウィザーズで現役復帰。年俸100万ドル全額をテロ犠牲者の遺族へ寄付した。プレーオフ出場を目指し、2年間奮闘したが、目標は果たせなかった。身長198センチ、体重98キロ。家族はファニータ夫人と2男1女。

  ジョーダンの足跡  

◆マイケル・ジェフリー・ジョーダン
    (Michael Jeffrey Jordan)

◆ジョーダンのNBA足跡◆
1982年3月29日 ノースカロライナ大1年時、パトリック・ユーイング率いるジョージタウン大とのNCAA決勝試合終了残り17秒で、「ザ・ショット」と呼ばれる劇的な逆転決勝シュートを決める。63−62で優勝。
1984年9月12日 NBAドラフト全体3位でブルズ入団
1984−85年平均28.2得点で新人王獲得。オールスター戦に出場も、ほとんどボールを回してもらえない洗礼浴びる。
1985−86年シーズン3試合目のウォリアーズ戦でダンクの着地に失敗し、足を骨折。64試合欠場。オールスターにはファン投票で選出も、ケガのため欠場。
1986年4月20日 セルティックスとのプレーオフ1回戦第2戦で、プレーオフ記録の63点をマーク。試合後、相手のラリー・バードが「まるで神がマイケル・ジョーダンの姿を借りて、舞い降りてきたようだった」とコメント。「神様」伝説始まる。
1986−87年オールスター前夜祭のスラムダンクコンテストで優勝。NBA史上3位の年間3,041点をマーク。平均37.1点で初の得点王。オールNBAファーストチームに初選出。
1987−88年2年連続でオールスターのスラムダンクコンテスト王者。得点王、年間MVP、守備MVP、オールスターMVPを獲得。NBAオール守備ファーストチームに選出。プレーオフでは「バッド・ボーイズ」のピストンズの敷いた「ジョーダン・ルール」に苦しみ、カンファレンス準決勝で敗退。
1988−89年平均32.5点で得点王
1989−90年3月28日のキャバリアーズ戦で自己ベストの69点マーク。年間33.6点で得点王
1990−91年ファイナル初制覇。年間MVP、ファイナルMVPを獲得。年間31.5点で得点王。
1991−92年ファイナル連覇。年間MVP、史上初の2年連続ファイナルMVPに選出。平均30.1点で得点王。 6月3日のTブレーザーズとのファイナル第1戦で、ファイナル記録の前半35点をマーク。ヒートとの1回戦3試合では、プレーオフ記録の通算135点(平均45点)の高得点でスイープ。バルセロナ五輪で金メダル獲得
1992−93年平均 32.6点で7年連続得点王。ウィルト・チェンバレンとともにNBA記録に並ぶ 。史上2番目に早く通算2万得点を突破。93年6月20日、バークレーのいるサンズとのファイナル6戦で平均41得点のファイナル最高をマークし、ファイナル3連覇。史上初めて3年連続ファイナルMVPを受賞。
1993年8月3日 父ジェームズさんが遺体で発見される。7月23日に2人の男に射殺されていた。
10月6日 突然の引退発表。「バスケットボールでやり残したことはない」
12月 父の遺志を継ぎ、メジャーリーガーに挑戦。シカゴ・ホワイトソックスのトライアウトに挑戦
1994年2月7日 ホワイトソックスと契約。春季キャンプに参加。
3月31日 ホワイトソックス傘下の2Aバーミンガム・バロンズで野球人生スタート
4月8日 プロ野球選手として、初めて試合出場。 右翼を守る。このシーズン127試合に出場し、通算打率2割2厘、51打点、30盗塁。114三振だった。
9月9日 ブルズの旧本拠地シカゴスタジアムの最後の試合として開かれたチャリティーゲームに参加し、52点をマーク。ジョーダンはコート中央に描かれたマスコットにひざまずき、キス
9〜11月 アリゾナ秋季リーグに参加。スコッツデール・スコーピオンズの一員として35試合出場、打率2割5分2厘
11月1日 新本拠地ユナイテッドセンターの入口にジョーダンの銅像が建てられ、ジョーダンの背番号「23」がブルズの永久欠番となる
1995年3月2日 メジャーリーグのストライキに嫌気がさし、野球界から引退を表明
3月7〜9日 ブルズのトレーニングルームに姿見せる。
3月18日 「I'm back」の言葉とともに、NBAへの復帰を表明。
3月19日 中学時代とバロンズでつけていた背番号「45」のユニホームを着て、ペーサーズ戦で復帰。38分間プレーし、19点、6リバウンド、6アシストで96−103で敗れた。
5月18日 プレーオフのカンファレンス準決勝でマジックに敗退。
10月29日 NBA史上、偉大な50選手に選出
1996年6月16日 Sソニックスを下し、復帰後初のファイナル制覇。父の日に優勝を果たし、ジョーダンはトロフィーを抱えながら号泣。ブルズは年間72勝(10敗)の記録をマーク。ジョーダンは8度目の得点王。年間MVP、オールスターMVP、ファイナルMVPの3冠を達成
9月9日 ナイキのプロモーションで初来日
11月30日 通算2万5,000得点突破
1996−97年2年連続、通算9度目の得点王。ジャズを倒しファイナル連覇、5度目の頂点に到達し、2年連続ファイナルMVP
1997−98年「ラスト・ショット」。 6月14日のファイナル第6戦、試合終了間際、マローンからボールを奪い、決勝ゴールを決めて2度目の3連覇達成。3年連続、通算10度目の得点王。年間MVP、オールスターMVP、ファイナルMVPを受賞。98年3月8日、ニューヨーク最後の試合で「エア・ジョーダン1」を履いて出場。4月3日のTウルブズ戦では、41点を挙げ、史上3人目の通算2万9000点突破。
1999年1月13日 2度目のNBA引退を表明。「99.9%復帰することはない」
12月26日 ベーブ・ルースを破り、ESPNの選ぶ20世紀最高のアスリートに選ばれる
2000年1月19日 ウィザーズの共同オーナーとなり、球団社長に就任。NHLキャピタルズの株式も取得
2001年9月10日 「私は今でもゲームを愛している」と復帰をほのめかす発言
9月25日 3年半のブランクを経て、ウィザーズと2年契約を結び、2度目の現役復帰を表明。「バスケットボールに対するむずがゆさが残っている。愛するゲームのために復帰する」
10月30日 シーズン初戦のマジソンスクエアガーデンでのニックス戦で復帰。19点に終わり91−93で敗れる。
2002年4月3日 ジョーダン右ひざ痛で故障者リスト入り。復帰1年目のシーズン終了。チームもプレーオフ進出ならず。
2002−03年最後のシーズンも、プレーオフ進出できなかった。4月16日、フィラデルフィアで76ersと現役ラストゲーム。15点で87−107で敗れた

◆ジョーダンの主なタイトル◆
タイトル回数獲得年
NBA王者6回91〜93、96〜98年
レギュラーシーズンMVP5回88、91、92、96、98年
ファイナルMVP6回91〜93、96〜98年
得点王(平均得点)10回87〜93、96〜98年
オールNBAファーストチーム10回87〜93、96〜98年
オール守備ファーストチーム9回88〜93、96〜98年
最優秀守備選手1回88年
オールスターMVP3回87、95、97年
スラムダンク王者2回87、88年
新人王85年
五輪金メダル2回84、92年
NBA史上の偉大な50選手96年

◆キャリア最高記録◆
得点69点(90年3月28日、キャバリアーズ戦)
野投成功27回(93年1月16日、マジック戦)
野投試投49回(93年1月16日、マジック戦)
3点シュート成功7回(90年1月18日、ウォリアーズ戦)
3点シュート試投12回(90年1月18日、ウォリアーズ戦)
自投成功26回(87年2月26日、ネッツ戦)
自投試投27回(87年2月26日、ネッツ戦)
オフェンシブリバウンド8回(4回)
ディフェンシブリバウンド14回(96年3月16日、ネッツ戦)
トータルリバウンド18回(2回)
アシスト17回(89年3月24日、Tブレーザーズ戦)
スチール10回(88年1月29日、ネッツ戦)
ブロック6回(86年12月2日、Sソニックス戦)
出場時間56分(92年2月3日、ジャズ戦)

02年1月4日のブルズ戦で、史上4人目の通算3万得点をマークしたジョーダン(AP)
◆歴代記録◆
通算平均得点31.得点歴代1位
スチール回数2391歴代2位
通算得点3万652点歴代4位
通算野投成功数1万1513回歴代4位
通算自投成功数7061回歴代5位
得点王10回歴代1位

03年3月10日、マジソンスクエアガーデンで行われたニックス戦の第4Q、ルーズボールを追いコートにはいつくばるジョーダン(AP)
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