元祖「スマイルジャパン」OGも、後輩の躍進ぶりに笑顔が止まらない。1998年長野オリンピック(五輪)アイスホッケー女子代表主将の帯川牧子さん(48)が6日、日刊スポーツの取材に応じ、五輪4度目の出場にして史上初の決勝トーナメント進出を決めたことを感慨深げに語った。「オリンピック初出場だった私たちの時は1勝すら難しいと思った。今は違う。本当に強くなった」と高揚感に包まれている。

1次リーグB組第3戦の中国戦。1-1の末に延長戦に突入し、勝ち点1を獲得。B組上位3位以内が確定した。最終的には敗れたものの、決勝T進出が確定した。かつての勢力図を塗り替える活躍に、帯川さんは「あの時の戦いが、今の結果につながっているのかな」と話す。

帯川さんが出場したのは、女子種目が初採用された98年長野。当時は海外との実力差が歴然だった。

開催国として出場した日本は初戦のカナダに0-13と大敗し、その後も1勝が遠かった。全5試合を通じての得点は2、失点は45と最下位に終わった。時間がたつにつれ対戦相手が涼しげにプレーしていたことが、帯川さんの印象に残っている。

悔しさもあったが、大会を終えた時は達成感が大きかった。地元北海道・苫小牧市内で保育士として働きながら競技を両立させ、時には有休を使って長期合宿や遠征にも参加。満員の会場でプレーできた喜びは、競技人生のハイライトだ。

世界の舞台で勝つことは後輩たちに託したが、その後低迷が続いた。3大会連続で最終予選を勝ち上がることができず、2度目の出場権を獲得したのは14年ソチ。現役時代に一緒にプレーした久保英恵(39)、コーチとして高校時代に指導したことがある大沢ちほ(29)らが自力で出場権をたぐり寄せた。

「後輩たちから見に来てくださいと言われて」(帯川さん)と、14年ソチは現地観戦。そこで驚いた。5戦全敗だったが、「勝ってもおかしくない試合ばかり。どれも紙一重だった」。4年後の18年平昌では大会初勝利を含む2勝。目を見張る戦いを見せる選手たちの姿が頼もしく映った。

今大会では1次リーグB3戦を終えて、無傷の3連勝。帯川さんは「シュートスピード、スケーティング、パックを奪う力…。海外経験を積んだ中堅、そして若手も台頭し、ベテランと合わさった。個人の力の底上げがチームの成長につながっている」とみる。

決勝T進出で女子アイスホッケー界の歴史に名を刻んだが、これに満足してほしくない。「これからの活躍が子どもたちといった次世代の普及につながる」と強調。メダル獲得へ。さらなる高みを目指すことを期待した。【平山連】

◆帯川牧子(おびかわ・まいこ)1973(昭48)年3月13日、北海道苫小牧市生まれ。高1からアイスホッケーを始め、女子種目が初めて採用された98年長野五輪では「大会半年前に監督から任された」とキャプテンとしてチームをまとめる。翌年に引退。しばらくは競技と離れていたが、2010年ごろから地元少年団のチームなどで指導に携わる。教え子には大沢ちほ、米山知奈ら北京五輪代表メンバーが多数いる。

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