元祖オールラウンダーで東京オリンピック(五輪)・パラリンピック組織委員会の橋本聖子会長(57)が、高木美帆の5種目完遂をたたえた。日本スケート連盟の会長時代から多種目への挑戦を勧めるなど、親身に見守ってきた。自身は88年カルガリー、92年アルベールビル五輪で女子500、1000、1500、3000、5000メートルの個人5種目全てに出場。88年は全種目入賞、92年は1500メートルで冬季五輪の日本女子初メダルとなる銅メダルを獲得した。オールラウンダーだからこそ分かる技術、心情を分析した。

橋本聖子氏(22年1月撮影)
橋本聖子氏(22年1月撮影)

橋本会長は政治家からスケーターの顔に戻っていた。熱を帯びてスケート界の“愛娘”の話をした。

高木美が5種目を完遂した。常日頃、オールラウンドにこだわる理由について「多種目出場が目的ではなく、スケート自体を速くするために私は全部が必要」と言う。そう伝え聞くと橋本会長は、10年バンクーバー五輪の頃を回顧した。

「美帆が中学3年の時に五輪に出て、その時に1番好きな種目は1500メートルだと言っていた。私は『1500メートルを極めるには500メートルのスピードと、3000、5000メートルの持久力、両方を兼ね備えて1500メートルは確立するんだよ』という話をした」。その言葉通りオールラウンダーとして競技を続け、14年ソチ五輪こそ落選も、18年平昌五輪では3個、北京五輪では4個ものメダルを獲得した。

500~5000メートルまでこなした橋本会長も高木美のスケート技術には目を見張る。「普通、中距離選手が500メートルで速くなると、長距離が駄目になる。でも美帆はそれがない。全てを強くすることができる理想型。陸上の100メートルの選手が1万メートルも走れるようなもの」と舌を巻いた。

自らの経験を踏まえながら技術論が熱を帯びる。

「お尻回りの筋肉と腹筋、背筋、あとは使い方のバランスがすごい。スケートは蹴るスポーツじゃない。押さえ込む時間が長ければ長いほど速いが、普通はみんな(筋肉が)耐えられないから早く氷から離してしまう。美帆は耐えられる能力があり、長く氷を押さえつけられるから、どの種目を見ても同じ姿勢を保てる。普通は500メートルが最も低い姿勢で、距離が長くなるにつれて姿勢が高くなっていく。美帆の場合は入りの姿勢から最後までほとんど同じ」

話は尽きない。

「コーナーも入り方の分析がすごい。入り方が違うと出方も変わる。それがほとんど狂いなく、刻んでいくことができる」

個人種目で確実に金メダルを取るために種目を絞るべきとの声もあったが「全部メダルを狙える実力があるんだから選ぶ必要がないんでしょ」と一蹴した。橋本会長の時代も、1000メートルや1500メートルを優先し、5000メートルはやめるように言われた。しかし、やめなかった。理由は高木美のそれと同じだった。

「自分のスケートは、足を使ってなんぼだった。当然疲れはあるけど、使った方が良い状態に持っていけた。だから入賞がギリギリかなというときでも全部出てた」

さらに高木美の場合は全種目でメダルが取れる可能性があったことも指摘。「美帆の場合は、絞ることができないんですよ。1500メートルが得意と言っても、普通の人間から見たら、全てがメダル候補なので」

5種目出場で金メダル1、銀メダル3という偉業をやってのけた。橋本会長はこの壮大な挑戦について感慨深げに言った。

「500メートルと長距離は全く違う筋肉なわけだから、全部やってのけるのはすごいこと。種目を絞れというのはリスクを背負わせないため。でも全種目やりたいと思う人間は『リスクはチャンス』だと思うから、やるんですよ。避けた瞬間チャンスもなくなる。だから美帆はそこに挑み、それを示すことができたんです」

時折、目に涙を浮かべながら話した。“愛娘”の意義深く苦労に満ちた挑戦が、誇らしかった。【三須一紀】

女子1000メートルで金メダルを獲得した高木美(撮影・菅敏)
女子1000メートルで金メダルを獲得した高木美(撮影・菅敏)