【舞台裏】メジャー挑戦決定的 西武今井達也の見方がガラッと変わった、神宮の夜/前編

西武の今井達也投手(27)が来季からメジャーリーグに挑戦することが決定的になりました。実力はもとより、この3年間でも大きな「変化」を感じさせた右腕。前後編で「舞台裏」をお届けします。前編は、記者が驚いたあるシーンを回想します。なぜ、記者の人事異動を覚えていたのか。

プロ野球



★連載「The Backstage」

ドラマは注目シーンだけが、見どころではありません。目立たないところにも、さまざまなストーリーが詰まっています。舞台裏で、記者が見て、聞いて、思った話をお届けします。



今井達也(いまい・たつや)1998年(平10)5月9日、栃木・鹿沼市生まれ。作新学院3年夏の甲子園では最速152キロをマークし、54年ぶり2度目の全国制覇に貢献。16年ドラフト1位で西武入団。23年から3年連続10勝。24、25年に開幕投手。24年最多奪三振。23年アジアチャンピオンシップ、25年強化試合(対オランダ)で日本代表。通算159試合、58勝45敗、防御率3・15。180センチ、80キロ。右投げ右打ち。今季推定年俸1億8000万円。


25年11月10日 ポスティングシステムでの米挑戦が正式決定し、報道対応する今井達也

25年11月10日 ポスティングシステムでの米挑戦が正式決定し、報道対応する今井達也

「あれ、担当代わったんじゃないんですか?」

今井達也に対する見方がガラッと変わった夜がある。

2024年6月4日の夜のこと。

明治神宮野球場での交流戦、ヤクルト―西武。私は業界用語でいう「遊軍」として西武取材に来ていた。

23年に西武担当を務め、24年はアマチュア野球担当に転任。この日は西武担当記者が非番で、私が代わりに西武取材に入った。

西武はヤクルトにサヨナラ負けした。試合後、選手たちはグラウンド内を歩いてクラブハウスへ戻る。昔からの風物詩だ。

先発投手の今井も同じように戻る。他の記者は誰も今井に付かない。間合いを考えながら「…お疲れさまで~す」と声をかける。

勝てなかったが粘投したエース、スタンドの西武ファンからねぎらいの声援が聞こえる。今井が歩きながらこっちを見た。笑いながら驚いて口を開く。

「あれ、担当代わったんじゃないんですか?」

私は反応できなかった。想定ゼロの160キロ直球(写真は、5月24日ロッテ戦で初回にマークした球速)を、クイックでど真ん中に放り込まれたような、きっとそんな感覚―。



23年から背番号変更。「11」から「48」へ

23年から背番号変更。「11」から「48」へ

今井には怖さがあった。人を寄せ付けないオーラ

23年に初めて西武担当になった。今井は背番号11から48に変え、強い思いでシーズンに臨んだ。

記者の仕事は誰かに話を聞くことから始まる。正直に言う。今井には怖さがあった。人を寄せ付けないオーラを発していた。

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1980年11月、神奈川県座間市出身。法大卒、2003年入社。
震災後の2012年に「自転車日本一周」企画に挑戦し、結局は東日本一周でゴール。ごく局地的ながら経済効果をもたらした。
2019年にアマ野球担当記者として大船渡・佐々木朗希投手を総移動距離2.5万キロにわたり密着。ご縁あってか2020年から千葉ロッテ担当に。2023年から埼玉西武担当。
日本の全ての景色を目にするのが夢。22年9月時点で全国市区町村到達率97.2%、ならびに同2度以上到達率48.2%で、たまに「るるぶ金子」と呼ばれたりも。