「僕は5走を走る」飯塚翔太の胸に響いた言葉 パリ五輪リレーに臨む/取材ノート3

陸上男子短距離の飯塚翔太(33=ミズノ)は、12月初旬に独立行政法人国際協力機構(JICA)の派遣事業の一環で東ティモールを訪れました。3日間の活動では陸上教室や「UNDOKAI」を開催し、現地の子どもたちと交流しました。

今夏のパリオリンピック(五輪)では、4大会連続で200メートルに出場。男子短距離では朝原宣治に次ぐ2人目の快挙となり、400メートルリレーではチームの一員としてメンバーを支えました。

16年リオデジャネイロ五輪では400メートルリレーで2走を務め、過去最高に並ぶ銀メダル獲得に貢献したスプリンター。33歳となった今も、純粋な心を大切に日々を生きています。

スポーツ

東ティモールで「UNDOKAI」を開催し、子どもたちとリレー(写真提供:JICA)

東ティモールで「UNDOKAI」を開催し、子どもたちとリレー(写真提供:JICA)

12月初旬に東ティモールで交流活動

湿った空気が体を覆う。温度計は30度に達していた。

東ティモールは東南アジアに浮かぶ島国だ。オーストラリアから北へ約400キロ。日本の首都4都県とほぼ同等の領土には約130万人が暮らしている。

12月初旬。首都ディリ。

飯塚は100人近くの現地の中高生とともに鉢巻きを身に着け、「UNDOKAI」で汗を流していた。

「リレーの時に、僕の1メートルくらい前を走っている子がいたので、抜かそうとしたんです。そしたら体を入れられて。東ティモールの子はおとなしい印象があったんですが、熱い思いが出ましたね」

振り返る声は、自然と弾んでいた。

JICAの派遣事業への参加は、3年連続となる。22年にはバングラデシュ、23年にはルワンダを訪問。この冬もシーズンオフを利用し、海を渡った。

「こうしたイベントを通じて、スポーツは世界の共通言語であると強く感じています」

学び続ける姿勢は、33歳となった今も変わらない。

東ティモールの競技場を訪れる(写真提供:JICA)

東ティモールの競技場を訪れる(写真提供:JICA)

「できなくて当たり前」海の向こうで気付かされること

東ティモールでは3日間にわたって、子どもたちと時間をともにした。

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岐阜県不破郡垂井町出身。2022年4月入社。同年夏の高校野球取材では西東京を担当。同年10月からスポーツ部(野球以外の担当)所属。
中学時代は軟式野球部で“ショート”を守ったが、高校では演劇部という異色の経歴。大学時代に結成したカーリングチームでは“セカンド”を務めるも、ドローショットに難がある。