【日本代表を追う〈10〉】キャプテン久保建英が導いた6発締め W杯へ新たな気づき

サッカー日本代表(FIFAランキング15位)のアジアでの戦いを追うドキュメントの最終回。2024年9月から始まったワールドカップ(W杯)最終予選は、25年6月10日の第10戦・対インドネシア(大阪・パナソニックスタジアム吹田)が最後となった。3月20日の7戦目にして史上最速の本大会出場を決めた森保ジャパンは、1年後の北中米大会(アメリカ、カナダ、メキシコ開催)に向けて三笘薫、堂安律らのコアメンバーを外し、新たな顔触れを加えて戦った。その若いチームでリーダーとなったのが24歳になったMF久保建英(レアル・ソシエダード)。森保一監督の期待に応える形で締めくくった。

サッカー

〈森保ジャパン Road to 26 最終予選第10戦インドネシア戦〉

アジア最終予選C組第10戦

アジア最終予選C組第10戦

ファンサポーターとの一体感作る行動

6月7日、大阪・Jグリーン堺のスタンドに、バースデーソングの合唱が響いた。

「ハッピ、バースデー、トゥーユー、ハッピ、バースデー、トゥーユー、ハッピ、バースデー、ディア、アユムー、ハッピ、バースデー、トゥーユー」

歓声と拍手が続いた。その当事者、DF瀬古歩夢(グラスホッパー)には代表メンバーからペットボトルの水がかけられた。

6月7日 誕生日の瀬古(中央)は久保(左端)らイレブンからウオーターシャワーを浴びる

6月7日 誕生日の瀬古(中央)は久保(左端)らイレブンからウオーターシャワーを浴びる

この日はオーストラリアから大阪へ移動した初日。日本代表の練習をファン・サポーターに向けて有料で一般公開した。

その最後に選手、スタッフがスタンドの前に並んであいさつした。

今回の活動で森保監督から新しい選手を束ねるリーダー役に名指しされていたのが久保。さっそく列の前に立ち「今日は瀬古歩夢選手の25歳の誕生日です」とスタンドに向けて声を張り上げていた。自らバースデーソングの入りをリードし、大勢による大合唱へとつなげた。

鼻っ柱が強くて自己主張が強い。一方で明るくチームのムードメーカーともなる久保の持ち味が、さっそく生かされた。

瀬古は感謝「昔から戦ってきた仲間」

祝福された瀬古は、その後のメディア対応でも笑顔が絶えなかった。

「ああいうふうに大勢の前で祝ってもらうことはすごく光栄なことですし、やっぱり日の丸を背負って戦う責任っていうのをあらためて感じさせられました」

そして久保からの音頭で即興のバースデーソングのプレゼントが贈られたことを問われると、瀬古の目尻が下がった。

「そうっすね。あいつはもうずっと長いんで。昔からこうやって戦ってきた仲間ですし、あいつに祝ってもらって、サポーターにも含め、非常にいい誕生日になりました」

15年4月 記念撮影するU-15日本代表。前列左から4人目が久保。後列左から5人目が瀬古

15年4月 記念撮影するU-15日本代表。前列左から4人目が久保。後列左から5人目が瀬古

余談だが、大相撲で入門から史上最速の13場所で横綱に昇進した大の里とまったく同じ2000年(平12)6月7日生まれ。5月場所で日本スポーツ界の話題をさらったアスリートと同じだった。

それについて瀬古は「すいません、存じ上げてないです」と苦笑。海外で生活しており、無理もなかったのだが。

それはさておき、リーダー久保の振る舞いである。24歳で瀬古より1歳下なのだが、昔のような先輩・後輩という上下関係は現在の日本代表チームには希薄である。というより、ピッチ上で遠慮なく要求し合うサッカーという競技において、自然な関係とも言える。

年齢は関係ない。ピッチで主導権を握り、仲間を鼓舞し、まとめられる選手がリーダーとなる。

10番KUBOユニホーム「僕も買いたい」

9日 前日練習に臨む久保

9日 前日練習に臨む久保

インドネシア戦の前日。久保が取材対応に立った。

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スポーツ

佐藤隆志Takashi Sato

Tokushima

1968年(昭43)生まれ、徳島県出身。91年入社。
希望したスポーツ部に在籍し、2010年サッカーW杯南アフリカ大会、12年ロンドン五輪など取材。デスクを経て現場に戻り、再び大好きなサッカーを取材、執筆しています。
少年時代に読売クラブのジョージ与那城のプレーに魅了され、同じくヒゲをはやしたバルデラマ(コロンビア)のトリッキーなプレーにハートをわしづかみにされる。フリット(オランダ)は憧れの偉人。好きすぎて入社後に髪型をまねたところ「ドレッド」と呼ばれたのは懐かしい思い出です。
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