2人の絆 若元春は幕下でくすぶっていた、その姿に阿炎は腹が立っていた

若元春(31=荒汐)と阿炎(31=錣山)。ともに幕内上位に定着している人気力士です。

若元春は初土俵から十両昇進まで7年以上を要しました。幕下でくすぶっていたころ、気持ちをたたき直してくれたのは阿炎でした。

阿炎は、当時の若元春のことを許せませんでした。

2人の物語をひもときます。

大相撲

なぜ十両に上がれないのか…

若元春は、自分を見失っていた時期がある。

なかなか関取に上がれない自分に、いらだっていた。

時は、10年以上前にさかのぼる。

2011年九州場所で初土俵。学法福島高3年、卒業を待たずにプロ入りした。

東日本大震災の影響で、兄が入門していた荒汐部屋で避難生活を送った時期があった。その縁があり、荒汐部屋で力士生活を始めた。

高校時代は、3年連続で総体出場。3年時は東北大会準優勝の実績を残した。角界入り後も、所要6場所で新幕下。19歳で東幕下7枚目まで昇進した。

2013年名古屋場所で幕下優勝した剛士(現在の若元春)。当時は19歳。次の秋場所で東幕下7枚目まで番付を上げた

2013年名古屋場所で幕下優勝した剛士(現在の若元春)。当時は19歳。次の秋場所で東幕下7枚目まで番付を上げた

十両の座は、もう目の前だった。

しかし、ここから先の壁をなかなか破れなかった。

25歳で十両に上がるまで、幕下15枚目以内を14場所も経験した。

「なんで上がれないのか、自分でも分からなくて…。周りの親方衆に『お前は絶対上がるから』みたいに言ってもらえるのはすごいうれしかったんですけど、その分、じゃあなんで上がれないんだ、っていう現実問題が突きつけられて…。何て言うんですかね、精神的に不安定というか、ネガティブなところがありました」

2018年4月24日に撮影した大波3兄弟。左から長男若隆元、三男若隆景、次男若元春。3人ともまだ関取ではなかった

2018年4月24日に撮影した大波3兄弟。左から長男若隆元、三男若隆景、次男若元春。3人ともまだ関取ではなかった

大波三兄弟の次男。長男の若隆元、三男は若隆景。若元春は最も運動神経にすぐれ、最も体が大きい。かねてから、一番素質があるのは次男だと言われてきた。

周囲の評価も、焦りやいらだちにつながっていたのかもしれない。

阿炎からの強い言葉

そんなころ、阿炎の考えに触れた。

ある巡業先で、大栄翔に食事に誘われた。大栄翔は高校相撲の時から面識があり、入門は1場所違い。ほぼ同期だった。その席にいたのが阿炎だった。

阿炎は1学年下だが、あっという間に番付を追い越されていた。所要11場所、20歳で十両に上がっていた。若元春が幕下で足踏みしていたころだった。

新十両に昇進した堀切改め阿炎(左)と錣山親方(2015年1月28日撮影)

新十両に昇進した堀切改め阿炎(左)と錣山親方(2015年1月28日撮影)

この場をきっかけに、若元春は阿炎と意気投合した。

「大栄翔は部屋が遠いということもあって、阿炎とよく遊ぶようになって。いろいろ相談するようになって。励ましの言葉じゃないですけど、ハッパをかけるような強い言葉を結構、もらいました」

どんな言葉をかけられたのか。

「何事につけても自信がなかったんです。もっと自信を持つ、自分を過小評価しない。そういうところは、すごい言われたっすね。『お前、そんなに強いのに、なんで自分は弱いみたいなふうに思っちゃってんの?』みたいな。そっかと思いましたね。気合入れて力を証明していかなきゃいけないなと」

若元春(2023年6月27日撮影)

若元春(2023年6月27日撮影)

「くすぶっている彼に腹が立った」

2人の性格は対照的だ。穏やかでマイペースな若元春に対し、阿炎はやんちゃで思い切りが良い。

阿炎は、なぜ若元春の背中を押したのか。

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スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。特別編集委員室所属。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。