【朝翠龍と朝白龍 新十両昇進会見全文】紅に続き翠と白 しこ名に色を入れる理由は?

日本相撲協会は7月30日、秋場所(9月14日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議を行い、ともに高砂部屋の石崎改め朝翠龍(あさすいりゅう、25)と、朝白龍(26)の新十両昇進を発表しました。

7月の名古屋場所で、東幕下2枚目の朝翠龍は6勝1敗、東幕下3枚目の朝白龍は7戦全勝で幕下優勝。5勝2敗だった西幕下筆頭の朝乃山の再十両も含め、高砂部屋から3人同時に十両昇進を果たしましたた。同部屋から3人同時の十両昇進は、79年秋場所の佐渡ケ嶽部屋以来、46年ぶり。

新十両会見の全一問一答を紹介します。

大相撲

十両昇進が決定し、ガッツポーズする石崎(左)と朝白龍。中央は高砂親方(撮影・前田充)

十両昇進が決定し、ガッツポーズする石崎(左)と朝白龍。中央は高砂親方(撮影・前田充)

―新十両昇進、おめでとうございます。おふたりにいくつか、共通の質問をさせていただきます。まず、昇進が決まった今のお気持ちをお聞かせください

朝白龍とてもうれしいです。

朝翠龍そうですね。ホッとする気持ちもあるんですけど、初心を忘れず、スタートラインに立ったなという気持ちで、また頑張りたいです。

―幕下上位の今場所を迎えるにあたって、どういった気持ちで臨んだか教えてください。まずは朝白龍関から

朝白龍えーっと、自分は勝ち越しを目指して、1番1番、集中していきました。

朝翠龍(先場所まで)もう3回、チャンスを逃しているので、今場所、本当に上がらないとダメだなという気持ちで、がむしゃらに、ひたすら、今場所に懸ける思いというのは強かったですね。

7戦全勝の朝白龍

―では、それぞれにうかがいます。まず朝白龍関。勝ち越して、という気持ちがそのまま、7戦全勝優勝につながったと思いますが、振り返って今場所、どんなところが最もよかったですか

朝白龍えーっと、自分の相撲が取れたのが、一番よかったのかなと思います。まわしを取って、という相撲が。四つ相撲なので、まわしを取れたのが、一番よかったかと思います。

新十両昇進会見に臨む朝白龍(撮影・前田充)

新十両昇進会見に臨む朝白龍(撮影・前田充)

―勝ち越しを決めてからは、1つ1つの白星が、新十両昇進に近づいていきましたけど、その中で緊張感や気持ちの変化などはありましたか

朝白龍勝ち越してから、やっぱり…。えーっと、そうですね。優勝は全く頭の中のなかったんですけど「もう1番、もう1番」という気持ちで、目の前の一番だけ考えて、やっていました。

―拓大を卒業して入門して、何度かはね返された場所も、けがもありました。その期間を振り返って、今につながっていることは何かありますか

朝白龍そうですね、けがでちょっと、休場も考えていたんですけど、やっぱり自分でも「もったいない」と思って出て。勝ち越せなくて、番付が下がっていったんですけど、その分、自分の足りないところ、弱点を鍛えて、四股だったり、基礎をしっかりとやっていたのが、今の結果につながったのかなと思います。

―弱点の克服は、具体的にどういったところを

朝白龍そうですね、四つ相撲なので筋トレをしたりとか、力をもっとつけたりとか、パワーを上げて、みたいな感じですかね、はい。

メンタルを強化した朝翠龍

―後ほどまた、お話をうかがいますが、続いて朝翠龍関。先ほど、お話にもありました、何度かチャンスを逃したことですけど、どういったところが、その経験で一番変わりましたか

朝翠龍そうですね、やっぱり大事なところで勝つというメンタル面というのが、はい。今場所、よかったのかなと思いますね、はい。最後の十両戦でも勝てたというのが、だいぶ、自分の中では自信につながったかなと思います。

―これまでは、どういった気持ちで土俵に上がっていて、今場所はそれがどう変わったということですか

朝翠龍そうですね。今まではやっぱり、先のことを考え過ぎて。新十両のこととか、幕下優勝が懸かっていたこともあったので。考え過ぎていたんですけど、今場所はもう、ただひたすら、この一番、いい相撲で勝つというのを心掛けて取っていたので、それがよかったのかなと思っています。

新十両昇進会見で笑顔を見せる石崎(撮影・前田充)

新十両昇進会見で笑顔を見せる石崎(撮影・前田充)

―周りから見ると早い出世ですが、それよりもチャンスを逃した悔しさの方が大きかったということですね

朝翠龍はい。やっぱりチャンスを3回逃しているというのは、なかなかちょっと、メンタルが弱いなというのは自分でも自覚していたので、そこは課題だなというのは分かっていたんですけど、1年で上がれたというのは、自分の中ではだいぶ早い出世かなというのは思っていますね。

―気持ちの面以外で、この1年で強くなったところはどういったところですか

朝翠龍そうですね、やっぱり。んー…。気持ちの持っていき方じゃないですかね。相撲の内容というよりは。1日1番しかないので。アマチュアとは違って。はい。そこを。この一番に懸ける思いというか。一番を大切にする思いという、メンタルの持っていき方というのは、だいぶこの1年で分かってきだしたかなというのは、ありますね。

―アマチュアという言葉が出たのでうかがいますが、1度社会人を経験し、そこから大相撲の世界に入ってきた、当時の決断というのは、振り返って、どう感じますか

朝翠龍そうですね。今、振り返ってみると、めちゃくちゃ不安というか。1年、ブランクというか。練習もしてなかったので、その1年は。ちょっと、体もやせたりして。相撲の練習もしていなかったので、ブランクだったんですけど。1年後、上がれたというのは、自信にはつながりますね。

「朝」と「龍」は付けてほしい

―また、おふたりには、後ほどお話をうかがいますが、師匠にもうかがいます。おめでとうございます。

高砂親方(元関脇朝赤龍 以下、師匠)ありがとうございます。

―復帰の朝乃山関を含めて、3人同時に昇進となりましたが、今はどんなお気持ちですか

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1999年入社。現在のスポーツ部ではサッカー(1)→バトル→五輪→相撲(1)→(5年半ほど他部署)→サッカー(2)→相撲(2)→ゴルフと担当。他に写真部、東北総局、広告事業部にも在籍。
よく担当や部署が替わるので、社内でも配った名刺の数はかなり多い部類。
数年前までは食べる量も社内でも上位で、わんこそばだと最高223杯。相撲担当になりたてのころ、厳しくも優しい境川親方(元小結両国)に「遠慮なく、ちゃんこ食っていけ」と言われ、本当に遠慮なく食べ続けていたら、散歩から戻った同親方に「いつまで食ってんだ、バカヤロー!」と怒られたのが懐かしいです。