【旭海雄 新十両昇進会見全文】もの静かで、師匠の酒を普通に断るまじめな男

日本相撲協会は7月30日、秋場所(9月14日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議を行い、旭海雄(25=大島)の新十両昇進を発表しました。7月の名古屋場所は、東幕下筆頭で5勝2敗。文句なしの昇進を果たしました。東幕下5枚目で5勝2敗だった5月の夏場所では、昇進が有力視され、新十両会見も設定されていましたが幻に。会見に同席した大島親方(元関脇旭天鵬)にとっても、師匠となってから初めての関取誕生とあって、本人以上に冗舌。終始笑顔でした。そんな新十両会見の全一問一答を紹介します。

大相撲



塵手水(ちりちょうず)を切る旭海雄(2025年7月23日 撮影)

塵手水(ちりちょうず)を切る旭海雄(2025年7月23日 撮影)

負け越しは1度だけ

―新十両昇進、おめでとうございます。

旭海雄ありがとうございます。

―昇進が決まって、今はどんなお気持ちですか

旭海雄素直にうれしいですね。

―東幕下筆頭ということで、勝ち越せば昇進が確実という状況でした。どんな気持ちで名古屋場所に臨みましたか

旭海雄そうですね。とりあえず勝ち越せるように。まあ、でも勝ち越しで十両昇進とかいろいろ考えると、体が硬くなっちゃうので、なるべく考えないように、いつも通りいくように心がけました。

―その中で、いきなり十両土俵での取組が組まれるなど、出だしは1勝2敗でした。場所中に、星によって気持ちが揺れ動くようなことはなかったですか

旭海雄特になかったですね。

―7番を振り返って、どういったところが良かったと思いますか

旭海雄いつも通りやろうと思っていたので…。そんな感じですね、はい。

―では、いつも通り取れていましたか

旭海雄最初の一番は、十両だったので、ちょっと動作(所作)とかいろいろあって、ちょっと緊張したんですけど、残り6番は、割といつも通りいけました。

―入門から2年での昇進ですが、この昇進の早さについてはどんな感想ですか

旭海雄特に…。フフフッ。

―負け越しが1度だけでの昇進なので、素晴らしい早さかと

旭海雄自分では、もうちょっと早く上がりたいという気持ちはあったんですけど、1回負け越して、そこから、もうちょっと長くなっちゃったんで。そうですね、はい。

―もっと早くという気持ちで

旭海雄そうですね。もっと早く上がって、応援してくださっている皆さんに、いい報告できるように、もっと早く上がりたかったんですけど。でも、今場所、決まったんで、うれしいですね。

―入門してから、どういったところが強くなったから、今回の十両昇進につながったと考えていますか

旭海雄どんなところですか…。まあ、最近、ちょっと思うようになったのは、やっぱり気持ちを強く持つのが、けっこう大事かなと思うようになってきましたね。

―最近は、土俵に上がる時の気持ちが変わってきたということですか

旭海雄そうですね。今場所、まあ、先場所もそうですけど「絶対に負けない」「絶対に勝つ」という気持ちで。はい。

―それまでの場所は、どういった気持ちだったのですか

旭海雄それまでの場所ですか。まあ、1回負け越すまでは順調にきていたので、いつも通りやれば勝てるかなと思っていたんですけど、1回負け越して、そこからは、この気持ちじゃ、負けることも増えてくるかもなと思って「絶対勝つ」という気持ちを、もっと強く持って。はい。

―負け越しをきっかけに気持ちを強く持つように

旭海雄そうですね、はい。

―日体大時代には膝の大けがもありました。その中で入門されましたが、けがの部分については、どのように取り組んできましたか

旭海雄そうですね。1回けがして、大学時代に苦しい思いをしてるので、もう1回けがしないように。けがしない体をつくるために、心がけています。

―今は膝は気になりませんか

旭海雄そうですね。まあ、少し程度ですね。

―アマチュアでも高校時代から相撲を取ってきて、大相撲の世界に入って、自分の相撲の変わったところはどんなところですか

旭海雄変わったところ…。まあ、親方から日々、前に出て相撲を取るという指導を受けているので、前に出ることを心掛けています。

新序出世披露時の旭海雄(2023年11月19日撮影) 

新序出世披露時の旭海雄(2023年11月19日撮影) 


「見る方が疲れるかも」

―また後ほど、関取にはうかがいますが、続きまして師匠に。あらためて、おめでとうございます。

大島親方(以下師匠)ありがとうございます。

―部屋を継承されてから初めての新十両ですが、どのようなお気持ちですか

師匠それは、すごいうれしいですよ、やっぱり。当然ですけど、今まで味わったことのない緊張感が、勝ち越しの相撲と、7番目の相撲かな。すごいドキドキしたし。もちろん、取っている本人も、いろんなことを考えていると思うけど、見てる方が、もっとドキドキしてるんじゃないかな、というぐらいの感覚がありましたよね。心臓もドキドキしたし、なんというか、手のひらもすごい汗をかいていて。その記憶がありますね。

―その中で旭海雄関は、変わらない気持ちで取れていたと

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1999年入社。現在のスポーツ部ではサッカー(1)→バトル→五輪→相撲(1)→(5年半ほど他部署)→サッカー(2)→相撲(2)→ゴルフと担当。他に写真部、東北総局、広告事業部にも在籍。
よく担当や部署が替わるので、社内でも配った名刺の数はかなり多い部類。
数年前までは食べる量も社内でも上位で、わんこそばだと最高223杯。相撲担当になりたてのころ、厳しくも優しい境川親方(元小結両国)に「遠慮なく、ちゃんこ食っていけ」と言われ、本当に遠慮なく食べ続けていたら、散歩から戻った同親方に「いつまで食ってんだ、バカヤロー!」と怒られたのが懐かしいです。