改名をどう受け止めたのか【前編】 宮城野部屋出身の力士たちが今思うこと

伊勢ケ濱部屋の力士9人が、初場所から改名しました。そのうち8人は、元横綱白鵬の宮城野部屋出身です。

力士たちは、これをどう受け止めているのでしょうか。前後編に分けてお届けします。

大相撲

力士31人中29人に「富士」

初場所の番付発表は、昨年12月22日。ここで伊勢ケ濱部屋9人の改名が正式に発表された。


伯桜鵬伯乃富士
聖白鵬寿之富士
天翔鵬三重ノ富士
松井嵐富士
泉翔鵬泉富士
川副花の富士
美富士
大ノ蔵蔵ノ富士
良ノ富士翠河富士

翠河富士を除く8人は、宮城野部屋出身だ。これで伊勢ケ濱部屋の力士31人のうち、29人に「富士」がつく。つかないのは、炎鵬と御室岳の2人となった。

この改名発表は話題になった。特に幕内力士でもある伯桜鵬の改名はインパクトがあった。

「鵬」は、白鵬からもらった大事な1文字でもある。一方、「富士」は先代伊勢ケ濱親方(元横綱旭富士)から部屋を象徴する文字だ。

現時点では、宮城野部屋はあくまで伊勢ケ濱部屋預かりのはず。いずれ処分が解除されれば、再興される可能性がある。

それだけに、X(旧ツイッター)などでは、さまざまな意見が出た。「改名を強要したとしたなら、恥ずべきことだ」「権力的で押しつけがましいものに映る」という否定的な意見が目立った。同時に「照ノ富士が『みんなまとめて面倒見よう』という宣言なんだな」「本人らが可哀想だとか、協会・伊勢ケ濱の白鵬排除として勝手に解釈するのやめてよ」という意見もあった。

すべては憶測にすぎない。

角界において、師匠が言うことは絶対。改名を促されれば、従うしかない。

力士たちがどこまで本音を言えるかどうかはともかく、まずは当事者たちの話を聞くべきではないかと感じた。

伯桜鵬→伯乃富士

伯乃富士は番付発表の2日後に考えを明かした。この日は相撲教習所で力士会があり、会合の直前に報道陣に対応した。

話を聞きたいメディアが多かったため、力士会が始まる少し前に伯乃富士は席を移動して取材に応じてくれた。

伊勢ケ濱親方は、力士会を退席した後に報道陣に話をした。本来は出席する立場ではないが、引退相撲(1月31日)への協力を仰ぐために力士会の冒頭だけ出席していた。

伊勢ケ濱親方は、改名の理由について「預かった以上は自分の弟子。同じ方向を向いていこうということで変えた。みんなで話し合って決めました」と説明した。

2人の考えをまとめた記事は次の通りだ。

「伯乃富士」への改名について、本人と伊勢ケ濱親方が語った

改名しなかった炎鵬は、番付発表から5日後に思いを明かした。

詳細は当日の記事の通りだが、炎鵬はこの名前に愛着があり、改名しなかったことを前向きにとらえている。

炎鵬が改名しなかった理由

ほかの力士たちには、初場所中に思いを聞いた。

聖白鵬→寿之富士

白鵬の紹介により、モンゴルから2017年に鳥取城北高に入学。同志社大学をへて、元横綱白鵬の宮城野部屋に入門した。2024年春場所の初土俵から、しこ名は「聖白鵬」。本名のデミデジャムツがモンゴル語で「聖なる海」を意味することから、「聖」がついた。

紫雷(奥)を寄り切りで破る寿之富士(撮影・河田真司)

紫雷(奥)を寄り切りで破る寿之富士(撮影・河田真司)

今回の改名では、下の名も入れると「聖白鵬出海」から「寿之富士大聖」にした。「応援してくれている人が、長く大相撲で活躍できるようにと『寿』をつけてくれました。『聖』は入れたかったので、下の方に入れました」。

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スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。特別編集委員室所属。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。