女子レーサーの素顔に迫る「ビューティフルボートレース」。今回は中曽瑠華(24=東京)を紹介する。選手を目指したきっかけは、競輪選手の父直彦の勧め。「なりなよ」と言われ続け、気付けば本当になっていたと自身も驚く。ボートレーサー養成所時代は、つらいことがあると家族からの手紙を励みに頑張ったという。そんな彼女のボートレースへの思い、素顔に迫った。

仕事場ではデビュー初勝利を目指して奮闘中です
仕事場ではデビュー初勝利を目指して奮闘中です

-学生時代は、どんなスポーツに打ち込んでいましたか

中曽瑠華(以下中曽) 小学6年生の時は陸上をして、中学生の時はソフトテニスをしていました。(ソフトテニスでは)中学生のよくある大会には出たことがあります。

-選手を目指したきっかけを教えてください

中曽 競輪選手である父(直彦)に勧められてのことです。小学生くらいから「ボートレーサーになりなよ。絶対になれるよ」って洗脳されましたね(笑い)。それが今ではきっかけになっているので、すごいですよね。(ボートレーサーになれた時は)普通に喜んでくれました。

成人式の際に、父で競輪選手の直彦(左)と撮った1枚(本人提供)
成人式の際に、父で競輪選手の直彦(左)と撮った1枚(本人提供)

-父からは何かエールはありましたか

中曽 「プロの世界は厳しいから、練習と人への感謝の気持ちは忘れずに。せっかくなれたから頑張れ」と言われました。(また)父もボートレースの勉強をしてくれていたり、レースを見てくれています。お互いに頑張ろうと言っています。

-養成所時代の思い出はありますか

中曽 厳しかったし、きつかったですね。友人からも来ていたけど、家族から手紙をもらっていて、その手紙が自分の力になっていました。家族の支えがなかったら、卒業できなかったと思います。

同期との思い出の1枚。左から岩崎麗子、根岸真優、中曽瑠華、西田和加(本人提供)
同期との思い出の1枚。左から岩崎麗子、根岸真優、中曽瑠華、西田和加(本人提供)

-プロの選手になった今の心境を教えてください

中曽 ボートレースの知識があまりないまま、やまと学校(養成所)に入って、選手になったので、ボートレースをたくさん見て、たくさん経験して、いい着を取って頑張りたいです。

-プライベートではどんな感じですか?

中曽 ディズニーが好きで、ディズニーランドもディズニーシーも行ったことがあります。同期の埼玉支部の西田和加と、浴衣ディズニーをしに行ったのが思い出ですね。

浴衣ディズニーを楽しむ(左から)中曽瑠華と西田和加(本人提供)
浴衣ディズニーを楽しむ(左から)中曽瑠華と西田和加(本人提供)

-当面の目標を聞かせてください

中曽 (デビュー初勝利で)水神祭を挙げることです。

-最後にボートレースの魅力を教えてください

中曽 男女平等で、自分次第で稼げるところですかね。

次回は2月12日更新予定

 
 

◆中曽瑠華(なかそ・るか)2000年(平12)9月12日、千葉県生まれ。133期として23年11月平和島でデビュー。昨年の獲得賞金は545万1696円。159センチ、49キロ、血液型A。