5月の欧州出張で歴史的瞬間を目撃しました。21日(日本時間22日)のスペインリーグ最終節。バルセロナ対エイバルの試合を取材し、日本代表MF乾貴士(28)が、聖地カンプ・ノウで決めた2ゴールを生で見る幸せに恵まれたのです。

 前半7分の先制点は、誇張ではなく本当に入る予感がしました。右サイドバックのカパがボールを持った瞬間、日本人記者としては当然、乾の位置を見ます。左サイドで完全フリー。心の中で、思わず「ヤバイ!」と叫びました。この場合の「ヤバイ!」は、取材対象が何か大きなことを成し遂げる=原稿が長くなる、という記者冥利(みょうり)に尽きる瞬間の前に、とっさに出てしまう反応のことです。100%、良い意味であることを補足させていただきます。

 そんな予感通り、長いクロスが反対サイドの乾に届きます。走り込みながら左足を合わせると、ボールはクロスバーの下をたたいてネットに飛び込みました。乾は「当たったのは、すねです(笑い)。まぐれです」と正直でしたが、難しいワンバウンドに合わせたシュート。この時、カンプ・ノウの観客席で絶叫した日本人がいました。京都・山城高を出てJリーグ初年度の93年にプロとなり、ヴェルディ川崎などで活躍した「和製フリット」こと石塚啓次さん(42)です。

 衝撃のゴールに約7万5000人が静まり返ったカンプ・ノウ。その中で「1人だけ『ウオォォォ!』と叫んでもうたよ」と豪快に笑います。日本人がバルセロナ相手に得点するのは初めて。ゴールはもちろん、アシストも勝利もなかった聖地で、歴史的な一撃を5歳の息子と目撃し「今までサッカーしてきた中で、あんなに大きな声を出して喜んだの初めてちゃうかな」と振り返りました。

 後半16分には2点目も生まれ「今度は『見たか、これが日本人や!』と叫んだ(笑い)。シーンと静まり返った会場で白い目で見られたけど、相手は逆転優勝を狙う本気のバルセロナやったからね。その後は力の差を見せつけられて逆転負け(2-4)はしたけど、素晴らしかった。俺も、今までJリーグ優勝(94年)とかいろいろ経験してきたけど、乾君のバルサ戦ゴールほど、日本人として無邪気になれて、サッカーが面白いと思った瞬間はなかったかもしれない」。それほどの衝撃を受けました。

 感慨は、15年にエイバル入りした乾より先に、スペインで「挑戦」していたから深いのでしょうか。03年に引退した石塚さんは、服飾ブランドなどの事業を手掛けつつ、12年に一家5人でバルセロナへ移住。京都で修行してコシの強さが自慢の、うどん店「Yoi Yoi Gion 宵宵祇園」を14年6月にオープンしました。ダイアゴナル通りとグラシア通りの交差点に近い一等地。高額家賃を考えれば、よっぽど繁盛しなければ生き残れない環境で、4人の外国人スタッフを雇って「言葉や文化の違いに悪戦苦闘」。3年がたち、昼夜とも客足が絶えない成功を収めました。

 そんな人気店を、今年1月に乾は訪れていました。当時セビリアに在籍していた清武弘嗣、2部タラゴナの鈴木大輔、偶然居合わせた女子INAC神戸の大野忍と。そこで石塚さんは乾と初めて話し「常に笑顔だし、ものすごく素直。『厳しいスペインで、よう楽しそうにやれてるなぁ』と言ったら『エイバル、田舎なんで』と笑ってたし。めっちゃ、ええやつ。小っちゃなことでイライラする俺とは大違いや」。会話を重ねる中で「スペインに来る日本人選手は、必ず苦戦してる。だから、あえて『スペイン人は嫌なやつ、多いやろ?』と聞いたら『いや全く。性格いい選手ばかりで本当に毎日が楽しいですよ』と返ってきた」。乾がスペインリーグで出場試合数も得点数も日本人最多となった理由が分かり「これは他と違うなぁ、成功するわけやなぁ」と感心させられたそうです。

 その期待がバルセロナ戦の2得点で結実し、試合の3日後には、乾の約2年2カ月ぶりハリルジャパン復帰が発表されました。いつもの調理場で吉報を受けた石塚さんは「良かった。これで入らなかったら、おかしいやろ」と笑い飛ばしながら「スペインでハイレベルな外国人相手にやれているから大丈夫。ただ、エイバルでやってるサッカーと日本代表は別物だし、出場時間も限られるかもしれない。その中で何とか結果を出してほしい」とエールを送りました。

 そして大胆な要望も。「ハリルホジッチ監督! 選んだだけじゃなく、思い切って乾貴士中心のサッカーを試してみる気はありませんか?」。6月7日の国際親善試合シリア戦、13日のW杯ロシア大会アジア最終予選イラク戦。遠くバルセロナで、認めた男の活躍を信じています。【木下淳】


 ◆木下淳(きのした・じゅん)1980年(昭55)9月7日、長野県飯田市生まれ。早大4年時にアメフットの甲子園ボウル出場。04年入社。文化社会部、東北総局、整理部を経て13年11月からスポーツ部。サッカー担当としてリオ五輪など取材。昨年12月のクラブW杯では、昨季担当していた鹿島とRマドリードの決勝を取材。柴崎岳(現2部テネリフェ)が2得点し「スペイン2強」相手の日本人2発をともに目撃した。

乾貴士(15年3月31日撮影)
乾貴士(15年3月31日撮影)
バルセロナ戦で得点し、喜ぶエイバルMF乾(ゲッティ=共同)
バルセロナ戦で得点し、喜ぶエイバルMF乾(ゲッティ=共同)