今季限りで退任して、来季G大阪監督で指揮を執る大分トリニータ片野坂知宏監督(50)は、監督としての天皇杯初優勝はかなわなかった。だが、最後まで執念で食らいついた。

同点に追いついた後半45分からわずか3分後、CKの流れから決勝ゴールを奪われ、まさかの展開に両手で頭をかかえてぼうぜんとした。準決勝川崎F戦に続く大金星を逃し「率直に悔しい」と悔しがった。

それでも、6年間の集大成で意地は見せた。5バックで逃げ切りを図った相手に対して、土壇場の同45分にパワープレーで追いつくミラクル劇を演じた。延長後半ロスタイム1分に追いつき、PK戦の末、撃破した準決勝川崎F戦をほうふつとさせる奮戦でリーグ6位の格上を苦しめた。

試合後、相手のヒーローインタビューが行われる中、円陣を組み選手に訓示。感謝の言葉を伝え「負けたが胸を張って大分に帰ろう。グッドルーザーでいよう」と話しかけた。その後、多くのサポーターの前に向かい、大分での6年間の思いがこみ上げ涙がこぼれた。そして、今後へは「次のステージで6年間の経験を生かしていきたい」と前を向いた。

今季のチームは、GKからビルドアップする難度の高い戦術を支えた生え抜きで主将のDF鈴木や岩田、MF田中ら主力が流出。13年から在籍するMF松本怜(33)が「片さんのサッカーは理解力がいるので、長年の積み上げが大事。ここまで主力が抜けたのは初めてで、これだけ入れ替わると難しい」という影響もあり序盤から低迷。2試合を残して18位で降格した。

西山哲平GM(46)も「監督の責任ではないんですよ、今回の降格は。ここまでやってこれたのは監督のおかげ。予算規模最下位の中で、シーズン前に主力選手があれだけ抜かれてしまったので、クラブ力なんですね」と振り返る無念の降格だった。

だが、失うものがない状況で逆に吹っ切れ、悔しさや周囲への感謝の思いを糧に、2連勝締めで勢いづいた。皮肉なことに、ここに来て片野坂監督が6年間積み上げた個の能力に頼らない組織力、戦術、ハードワークで相手を上回る本来のストロングを発揮した。

決勝戦の先発11人の年俸総額約1億6000万円は、年俸1億円の浦和GK西川、年俸5000万円のDF岩波のたった2人分に相当する額。だが、降格クラブとは思えない士気の高さで、20年度予算で約3倍の川崎Fを撃破、同約3・3倍の浦和に対しても善戦した。片野坂監督は「大分の新しい歴史を刻むことができた。これを財産に来季に生かしてほしい」と、今季限りで去るクラブにエールを送った。

ただ、天皇杯準優勝も、J2降格で楽観はできない。20年度予算はJ2規模でJ1ほぼ最低の約17億円。クラウドファンディングで約8000万円を募りながら、予算がJ1最下位クラスの今期決算も、2期連続赤字の見通しと厳しい経営環境にある。そんな中で、さらなる、来季の人件費圧縮は必至だ。それでも、来季監督就任が有力な下平隆宏氏(49)の下、1年でのJ1復帰という高いハードルに挑む。【菊川光一】

◆菊川光一(きくかわ・こういち)1968年(昭43)4月14日、福岡市博多区生まれ。福岡大大濠-西南大卒。93年日刊スポーツ入社。写真部などを経て現在主にJリーグやアマ野球などを担当しカメラマンも兼務。スポーツ歴は野球、陸上中長距離。170センチ、62キロ。血液型A。

浦和対大分 前半、指示を出す大分片野坂監督(撮影・江口和貴)
浦和対大分 前半、指示を出す大分片野坂監督(撮影・江口和貴)