日本が初めてワールドカップ(W杯)決勝トーナメント進出を決めたのは、日韓大会の2002年6月14日、1次リーグ第3戦のチュニジア戦だった。

そこで“時の人”になったのが当時、セレッソ大阪のエースMFで、現在は同クラブの社長を務める森島寛晃氏(50)だった。

クラブの本拠地長居スタジアム(現ヤンマースタジアム長居)で先制ゴールを決め、1次リーグ突破を決定付けた。ゴールの瞬間、両手を広げて走る“飛行機ポーズ”のパフォーマンスを実演した。

劇的な舞台でのゴールに、サポーターからは日本記念日協会に申請され、6・14は森島氏の愛称から「モリシの日」に認定・登録された。

あれから20年、同じ6月14日、同じチュニジアを相手に、日本代表の現エースでC大阪出身のMF南野拓実(27=リバプール)が、同じ大阪のパナソニックスタジアム吹田でのキリン杯に挑む。

南野は試合前日の13日、オンライン取材に応じ、当時7歳だった20年前の記憶をたぐり寄せた。

「森島さんが決めた(試合)。リアルタイムで見た記憶は少しあるし、何度か映像は見たことがある」

大阪・泉佐野市生まれの南野は、下部組織から育ったC大阪でプロ契約を結んだ。15年1月にザルツブルクへ移籍。森島氏の現役時代とは重なっていないものの、クラブのレジェンドとして南野の目標の選手の1人でもあった。

「(今回のチュニジア戦が)まったく(同じ日で)、相手も同じでというのは知らなかった」という南野は「W杯に向けて重要な一戦なのは変わりない。チームの連係面とか、個人ではゴールかアシストの結果は残したい」。2月のW杯アジア最終予選サウジアラビア戦以来、国際Aマッチ通算18点目を狙う。

森島氏は今年5月、W杯代表入りが確実視される南野へエールを送っていた。

「南野選手が、W杯で飛行機ポーズをやってくれれば最高。ビッククラブで活躍しているだけですごいが、日本代表でも引っ張っていってほしい」

これはカタール大会への言葉だったものの、モリシの日に南野がゴールを決めれば、これも運命的。11月開幕の本番を前に、C大阪出身のエースが新たな歴史を刻んでくれそうだ。