東京ヴェルディを16年ぶりJ1昇格に導いた立役者の1人が江尻篤彦氏(56)だ。現役時代は千葉一筋でプレーし「ジェフの顔」だった元日本代表MFは、20年1月に「オリジナル10」のライバル、東京Vの強化部長に就任。当初は、外から見ていたヴェルディの姿とのギャップに戸惑ったという。

江尻 選手がしっかり下から育ってきていて、(千葉の)監督として対戦したときにすごくレベルが高いなと。そのときのイメージと中に入ったときのギャップはありました。本当にギリギリの(予算の)中でやっていた。選手にお金をかければ環境面がおろそかになったり、勝利給やゴール給が低くなっちゃう。クラブがつぶれそうだとも聞いて。本当にどうなっちゃうんだろうと思ってました。

現在も少しずつ増額されているとはいえ、東京Vの強化費はJ2クラブの中でも「真ん中より少し上くらい」(江尻氏)。ただ、与えられた状況の中で諦めず、活路を見いだした。

江尻 僕はここに来た時、まずスカウトの仕事もやって。何人か大学生で使えそうな選手が分かっていた。大学生は(獲得に)お金がかからないから。そのあたりの戦えそうな選手をキープできた。佐藤凌我(現福岡)とか深澤大輝とか。彼らはJでもすぐやれると思ってたので。お金が少ない分、そういうところでカバーしました。

強化費を湯水のようには使えない。その分、大学生を中心に補強を続けた。それが金銭面だけでなく、プレーの面でも東京Vに好影響をもたらした。もともと東京Vにはアカデミー出身で足元の技術の高い選手が集まっていた。そこにフィジカル的に秀でた選手が加わった。

江尻 技術だけじゃなくてフィジカル的な要素をこのクラブの戦いに混ぜなければJ2では勝てない。そういうものを継続してやっていくことができればと思ってました。去年なんかも7人ぐらいレギュラーが(他クラブに)抜かれてしまったんですけど、選手が変わろうが、積み上げてきたものは変わらない。それに適応できるような選手を集めているし、残ってくれた選手を中心にしながら城福監督とも相談して、チーム作りをしてきている。

毎年のように若手有望株が流出し、昨年のチームからも佐藤凌我をはじめ、山本理仁(シントトロイデン)、井出遥也(神戸)ら多くの選手が抜けていった。それでも東京V本来のテクニックにフィジカル的要素を加えたチームはよりたくましくなっていった。

江尻 チーム作りは今年だけではなくて。考え通りのチームになってきたと思ってるので、今年の成績に別に驚きはないし、当然かなと思ってます。ただ、シーズン前の記者の予想順位で我々は中位かその下くらいだったので、さびしいなとは思ってましたけど(笑い)。

そして東京VのJ1昇格を決定的にしたと言っても過言ではないのが、昨季途中の城福浩監督招聘(しょうへい)だ。同監督のもと、東京Vはこれまで弱点とされていた守備を徹底的に強化した。

江尻 城福監督にもそれなりにお金は出してますけど「本当にこれで来てくれるの?」っていう額。でも監督はそこよりも仕事の中身に魅力を感じて引き受けてくれたんだと思う。ウチは今、現場と強化が本当に1つになっている。当然、監督には厳しいことはいつも言われてますけど、僕の話も聞いてくれる。そういう監督さんですし、ヴェルディに欠けていた守備のしっかりとしたベースを、ちゃんと作ってくれた。

江尻氏は、クラブが勝つには職員全員の意識が1つになることが大事だという。だからこそ補強や環境整備等、何でも言語化、数値化してきちんと説明する。そうやって今季チームのキーマンとなっている斎藤功佑や宮原和也、中原輝らも獲得してきた。

江尻 なんで(選手獲得のための)人件費を上げなければいけないのか。そういうところもちゃんと説明しないといけない。ときには選手にも、スタッフにも共有できる部分はする。隠し事でやるのではなくて、今こんな状況だけど良くなっていけばもっと変われるよっていうところは話すべきだと思います。クエスチョンマークを取り除けるようにしていくのが大事。

それは選手に対してもそうで、江尻氏は今年9月末から10月の頭にかけて、選手全員との面接を行った。

江尻 「クラブがサポートしてくれている」という意見がすごく多かった。「もっとこうして欲しい」っていう選手も当然います。でも現状、クラブが努力はしてくれてるっていう選手からの言葉を聞いたときに、この仕事をやってきてよかったなって思いました。

「ジェフの江尻」が名実ともに「ヴェルディの江尻」となった。

江尻 僕がここに来て最初に考えたのは、やっぱりクラブの歴史を尊重して、僕がそこに入るということ。千葉の江尻がヴェルディの江尻になれるぐらい、ヴェルディを尊重して。ただ、その中で自分が任されて強化をやるのであれば、こういうチーム作りをするという哲学は持ってやるべきだと。栄光の歴史があることはある意味難しくて、それがあるために変わるっていうところに対応できないこともある。だから僕は「変わることに恐れて一歩踏み出せない」ではなく「変わっていくことを前向きに捉えられる」ようなチーム作りをしてきたつもり。自分自身も変わったつもりだし、それにあぐらをかいてるのであれば、そうさせないようにクラブを整えるのが僕の仕事だと思っています。

 

◆江尻篤彦(えじり・あつひこ)1967年(昭42)7月12日、静岡生まれ。MF。清水商業(現在は庵原高校と合併し清水桜が丘高に)3年時に主将として全国高校選手権初優勝。明大を経て1990年に古河電工(現ジェフ千葉)に入団。Jリーグが開幕した1993年には日本代表にも選ばれた。Jでは千葉一筋で193試合24得点をマーク。引退後は千葉のコーチ、監督、新潟のコーチ、世代別日本代表コーチなどを務め、20年1月に東京V強化部長に就任した。

 

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