若きセンターバック(CB)が恩師のもとで開花した。青森山田出身のJ2町田ゼルビアDF藤原優大(21)は、主力としてクラブ初の優勝とJ1昇格に貢献。プロ3年目の今季はキャリアハイの29試合に出場し、高校時代の指揮官、黒田剛監督(53)の期待に応えた。少年時代は仙台の大ファン。11月12日の最終節は憧れのユアテックスタジアム仙台でプレーし、体を張った守備と1アシストで仙台撃破の原動力になった。
◇ ◇ ◇
藤原がユアスタでフル出場し、少年時代からの夢をかなえた。J2最終節。既に優勝を決めていた町田は敵地で仙台を3-1で破り、今季を白星で締めくくった。「僕はベガルタファンでしたし、自分がサッカーを始めようと思ったのもユアスタで見てから。最後の最後、ここのピッチに立ち、勝てたのはすごく感慨深いです」。応援歌もすべて歌えた憧れのチームと初対戦。仙台サポーターからブーイングを浴びる立場となり帰ってきた。
青森・弘前市出身。仙台ファンの父大輔さんに連れられ、子どもの頃はユアスタで何度も試合観戦した。大好きだったのはMF梁勇基。ユニホームは迷わず背番号10を購入し、プレーをまねする存在だった。「『昔から応援してました』と言おうと思ったんですが、ダメでした」。最終節は途中出場の梁と約5分プレー。「自分の中でいろいろ感じるものがありました」。夢のような時間だった。
黒田監督が率いた青森山田では1年時から主力で、3年時には主将を務めた。今季はプロの指揮官に転身した恩師を追う形で、J1浦和から育成型期限付き移籍。だが、開幕前は本職のCBとしての序列は低かった。黒田監督は親心でサイドバック挑戦を打診。それでも藤原は「やっぱり僕としては100受け止められなかった。CBとして来たので、そこでもう1回勝負したい」と断った。
CBで欠かせない戦力に成長した。第6節までベンチ外も、徐々に出場機会をつかむと、主力の長期離脱も重なり、第18節からスタメン定着。最終的に自己最多の29試合に出場した。「監督も青森山田高校を辞めるという大きな決断をして、1年目に優勝したのはすごいですし、僕も覚悟を決めて来ました。覚悟を持った人に呼ばれて、本当に良かったなと思います」。藤原にとって最高のシーズンになった。【山田愛斗】



