カナダ戦翌日オフが明けた19日の練習場。主将のDF吉田麻也(34=シャルケ)は開始前に、いつもの動きで体調を念入りに確かめ、開始前の円陣に向かった。

その後、いつも通り先頭に立ってランニング。練習前の取材対応で話すその顔つきは、覚悟が決まってるようにりりしかった。

「落ち着きつつ、いい緊張感を少しずつ盛り上げているところ。最後の1秒までできる限りの準備を怠らない」

3度目のW杯。この11年間の地道な積み重ねに、信念が宿る。11年7月、吉田は陸上短距離で92年バルセロナ五輪などに出場した元日本代表の杉本龍勇氏(51=法大経済学部教授)のもとを訪れた。走力向上の日々の始まりだった。

走りのスペシャリストの練習法は、地道な反復動作の繰り返し。杉本氏は「よく飽きないなあ、と、この前も言っていたんです。それがトップアスリートたるゆえんですよね」と話す。

新型コロナウイルスが猛威を振るい始めた20年3月。ロックダウン中のイタリアにいても、その継続力は変わらなかった。「練習ができないので、一緒に考えてほしいです」。自宅から吉田は杉本氏のスマホに連絡した。杉本氏はすぐ20~30種のメニューを考案。全てが家の中やバルコニーでできるもの。それでも、いすや自重で行うトレーニングは、時に地味で続けるのには根性もいる。「本当に約2カ月、飽きずに続けた。今できる限りのことをする。よくやっていたと思います」。吉田が毎日練習動画を送り、杉本氏がフィードバックする。その繰り返しはロックダウンが明けるまで続いた。

日本代表の主将となっても、満足することはない。明確な目標がある。「プレミアリーグにもう1回復帰したいと言っていましたね」。12年から約8年間、サウサンプトンの選手として自分を磨いた世界最高峰のリーグ。34歳になっても、向上心は高まるばかりだ。

今年6月、注目を集めたブラジルとの国際親善試合。吉田は自らのプレーで、ネイマールに決勝点につながるPKを与えてしまった。「多少落ち込んだみたいですね」。ただ、そのまま沈む性格ではない。再び杉本氏に連絡を取り、2人で原因を追究。疲れとともに腕が動かなくなっていた弱点に立ち返り、体の動きを見つめ直した。

今季は新天地シャルケに移り、今回が3大会連続のW杯出場となる吉田に、杉本氏は太鼓判を押す。「今までにないくらい、いいキレでした。それも積み重ねなんです」。“師匠”と続けてきた1歩1歩は、大舞台に必ずつながっている。【磯綾乃】

 

◆杉本龍勇(すぎもと・たつお)1970年(昭45)11月25日生まれ、静岡・沼津市出身。浜松北高から法大に進み92年には日本代表としてバルセロナ五輪の100メートルに出場し、400メートルリレーでは6位入賞。現役引退後は浜松大陸上部監督、清水エスパルスのフィジカルアドバイザーなどを務め、12年には当時日本代表の岡崎慎司のパーソナルトレーナーに。吉田のほかに堂安律ら多数のサッカー選手を指導する。法大経済学部教授。