22年ワールドカップ(W杯)カタール大会が大成功のうちに幕を閉じた。18日の決勝では、リオネル・メッシ(35=パリ・サンジェルマン)のアルゼンチンがPK戦にまでもつれ込む熱戦の末、キリアン・エムバペ(23=パリ・サンジェルマン)のフランスを下し、1986年メキシコ大会以来、36年ぶり3度目の優勝を果たした。

あくまで個人的な感想だが、国際サッカー連盟(FIFA)インファンティノ会長の言葉通り、史上最高のW杯、いや史上最高のスポーツイベントだった。準備段階から現場で取材していると分かるが、W杯組織委員会をはじめとするカタール側のスタッフたちの仕事ぶりは本当にきちんとしていて(五輪などを見ても分かるが、これができそうでできない)、まずは大会運営を完璧に遂行した彼らに敬意を表したい。

そしてその彼らでも、このような、まるでおとぎ話のような展開になるとは想像もしていなかったのではないだろうか。初戦でサウジアラビアに負けたアルゼンチンがメッシを中心に息を吹き返し、最後はメッシのクラブでの同僚エムバペのいるフランスと激突。2人の英雄がゴールを取り合い、PK戦の末にメッシが長年の悲願だったW杯のタイトルを手に。まさに事実は小説より奇なりという大会だったと思う。

これでメッシは「神の子」マラドーナと名実ともに肩を並べたと言えるだろう。一昨年に60歳の若さで天国へと旅立ったマラドーナ氏がスタンドにいたらどれだけよかったかと思ったが、空の上で大喜びしているに違いない。

今回のあまりに劇的すぎるW杯を見ていて、ふと、マラドーナ氏の登場から、メッシの優勝までが壮大なアルゼンチン代表のドラマだったのではないだろうか、という不思議な感覚におそわれた。

1979年に行われたワールドユース選手権(現U20W杯)で、マラドーナ氏や元横浜マリノスのラモン・ディアス氏がいたアルゼンチンは圧倒的な強さで勝ち上がった。決勝ではソ連を3-1で下して優勝。マラドーナ氏は6ゴールを挙げる活躍で大会MVPに選ばれた。

その7年後のW杯メキシコ大会。アルゼンチンはマラドーナ氏の「神の手」ゴールなどもありながら勝ち進み、決勝で西ドイツを3-2で下して優勝。マラドーナ氏はMVPに選ばれた。

時を超えて2005年。オランダで行われたワールドユースにメッシが出場。1次リーグで米国にまさかの黒星を喫するなどしながらも、決勝トーナメントではコロンビア、スペイン、ブラジルを撃破。決勝でナイジェリアを2-1で下して優勝し、メッシは6ゴールで得点王&MVPを獲得した。

そして今回の22年W杯カタール大会。あらためて言うまでもないが、メッシの大活躍でアルゼンチンがマラドーナ氏の時以来となる優勝を飾った。メッシは時間こそかかったが、ワールドユース優勝&MVP→W杯優勝&MVPというマラドーナ氏と同じ道を歩み、頂点にたどり着いた。

覚えている方は多くはないかもしれないが、マラドーナ氏が優勝した1979年ワールドユースの舞台は日本。決勝は東京の旧国立競技場で行われた。そして今回のW杯は同じアジアのカタールで開催された。東アジアの日本で始まったアルゼンチンの壮大な物語が、西アジアのカタールで完結した。ドラマチックすぎるメッシの優勝に、そう思えてならないのだ。

【千葉修宏】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「海外サッカーよもやま話」)

2010年6月17日 W杯南アフリカ大会でのメッシとマラドーナ監督
2010年6月17日 W杯南アフリカ大会でのメッシとマラドーナ監督
トロフィーを掲げるメッシを中心に歓喜のアルゼンチンイレブン(ロイター)
トロフィーを掲げるメッシを中心に歓喜のアルゼンチンイレブン(ロイター)