W杯1次リーグのスペイン戦で、日本の決勝点を生んだMF三笘薫の“1ミリの折り返し”は、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)の真骨頂だった。ボールを左足ですくい上げた瞬間のテレビ画面では、ゴールラインの外に出ていたように見えた。決め手は真上からの映像と、ボールに埋め込まれたセンサーチップの位置情報だった。

ピッチ上の人間にミリ単位を見極める視力はない。だから旗が上がっても仕方のない場面だったが、右サイドにいた副審の腕は動かなかった。ゴールポストに視界を遮られた可能性も否定できないが、私はVARがあるために、彼はあえて判断をしなかったのではないかと深読みしている。

今大会はVARやAIで判定が覆ることも考慮して、微妙なケースはあえて止めずに流している。しかし、もしあの場面で副審が旗を上げていたら、VARが介入しただろうか。何事もなくゴールキックから再開していたのかもしれない。最新技術の導入は精密な判定で誤審を防ぐというだけではなく、審判の判断そのものにも影響を与えているように思う。

14年ブラジル大会のPK数は13回。それがVARが導入された18年ロシア大会で過去最多の29回に激増した。今大会のアルゼンチン-ポーランド戦。跳び上がったアルゼンチンFWメッシの頭と、ボールをはじくGKの手が接触した。よくある、問題ないと思われる場面だったので、正直、VARのPK判定には驚いた。ピッチの上の審判たちにはどう見えていたのだろう。

スペイン戦の日本の決勝点は、敗れたスペインや、あの1点で1次リーグ敗退したドイツをはじめ世界中で論争になったが、すぐに国際サッカー連盟(FIFA)が「ボールは外に出ていなかった」と証拠の動画付きで声明を発表。反論や批判を黙らせた。今はもう、あのマラドーナの“神の手”のように論争が長く続くことはない。

三笘の“1ミリの折り返し”は、VARの判定が出るまで約2分半の時間を要した。AIによるオフサイド判定の影響で、今大会はゴールが決まった瞬間に、手放しで喜べないもどかしさもある。サッカーの醍醐味(だいごみ)はスピードと連続性。テクノロジーの介入が、その魅力を奪っている気がする一方で、日本に味方したフェアな判定に感謝している自分もいる。

1次リーグが終了した。振り返って思い出すのは、ゴールシーンよりも、小さな誤差も見逃さないVARとAIの威力。それは違反を厳しく取り締まる一方、誤審から救ってくれたりもする。すっかり見慣れたせいか、開幕当初の違和感は薄れつつある。テクノロジーの進歩とともに、サッカーも変わっていくのだと、今は割り切っている。【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「スポーツ百景」)

日本対スペイン 後半、VARのチェック後、田中のゴールを認めるゴメス主審(撮影・江口和貴)
日本対スペイン 後半、VARのチェック後、田中のゴールを認めるゴメス主審(撮影・江口和貴)
日本対スペイン 後半、田中のゴール後、VARのチェックが入った(撮影・江口和貴)
日本対スペイン 後半、田中のゴール後、VARのチェックが入った(撮影・江口和貴)
日本対スペイン 後半、(撮影・横山健太)
日本対スペイン 後半、(撮影・横山健太)