今月2日から行われた世界水泳・ドーハ大会。飛び込み競技は11日に幕を閉じ、今大会で新たに2人の選手がパリ五輪に内定した。

2012年イタリアGP 左から3人目が坂井、4人目が筆者
2012年イタリアGP 左から3人目が坂井、4人目が筆者

前回の世界水泳・福岡大会で既に内定されているのは、「10m高飛び込み」の玉井陸斗(JSS宝塚)、「3m板飛び込み」の三上紗也可(日体大)、「10m高飛び込み」の荒井祭里(JSS宝塚)の3選手。そこに坂井丞(ミキハウス)と榎本遼香(栃木トヨタ)が加わった。両選手とも「3m板飛び込み」に出場予定だ。内定した5人全ての選手が個人種目。今回はシンクロ種目での日本チームのパリ五輪出場はかなわなかった。

今大会において最も過酷だったのは「予選」である。その理由は、出場選手の数だ。特に多かったのは男子3m個人。70人もの選手が出場していた。男子は6本の異なる演技の合計点数で順位が競われる。そのため、1本飛ぶまでに50分ほどの待ち時間があり、試合時間は5時間以上にもなった。その中で、体を休めながらもすぐに動かせる状況を作らなければならない。さらに、集中力も維持しなければならないため、精神的にも肉体的にもかなり厳しい戦いだった。

このような状況は、オリンピックの予選会ではよくあること。しかし、だからと言ってこの状況を想定しての練習は極めて難しい。そのため、いかにこの状況を「特別」だと思わず冷静に対応できるかが鍵となる。

この予選を12位で通過したのが坂井だった。

2012年イタリアGP 左から2人目が坂井、3人目が筆者
2012年イタリアGP 左から2人目が坂井、3人目が筆者

坂井は私が現役時代から代表入りしており、何度も一緒に海外遠征に行った選手の1人だ。少し心配だったのは年齢である。現在31歳の坂井だが、男子といえども体力は若い頃に比べると劣ってくる。さらに、ケガや疲労感の回復も遅くなる。そのためがむしゃらに練習できた若い頃とは状況が違う。年齢とともに少しずつ変化する自分の体力や技術、そしてメンタルを理解し、うまくコントロールする力が必要になってくる。

今大会ではパリを意識しながらも、冷静に自己分析をしていた坂井。

準決勝から決勝に向けては、「いつもはオリンピックを意識しすぎてダメだった。でも今回は、オリンピックよりもとにかく1本1本大切に楽しんだ」という感想だった。

そういった思いが出てきたのは「現役生活はいつか終わりがくる」と意識してのことだ。今回は常に「引退」の文字を頭の片隅に置いて過ごしていたという。プールへ向かうバス移動や海外での食事。今まで当たり前のように過ごしてきた全ての物事に対して、あと何回あるのだろうかと考えていた。

しかし、今回はその気持ちの持ち方が勝因だったようだ。

「もうこれで最後かもしれない。その思いが試合や1つ1つの出来事に対して『楽しむ』ということへつながった。もちろん緊張もしていた。特に307c(前逆宙返り3回半かかえ型)の時は、これを決めないと決勝は無理だと分かっていた。しかし、失敗したとしても全力でやって、少しの悔いも残したくない!という気持ちの方がすごく強かった」と話してくれた。

それを聞いて、やっと坂井が持っている才能を存分に発揮できたのだと感じた。今まで何度も一緒に遠征へ行ったが、あと1歩というところで気持ちがついていかず試合を終える事が多かった。選手の時は、永遠と続くように感じる現役生活だが、終わってみればあっという間。坂井も、その事を現実として感じる時はそれほど遠くないだろう。残された時間を指折り数えながらも、パリでは今回のように全てを出し切り、最高の演技を見せてくれることを期待している。

(中川真依=北京、ロンドン五輪飛び込み代表)