パラリンピックをステップに、オリンピックへ-。「世界でも僕だけかもしれない」と、トライアスロンの椿浩平(29=三井住友海上)は笑った。視覚障がい者に必要なガイド。五輪経験者もいるし、五輪を断念した転身者もいる。ただ、椿のように「五輪のためにガイドをする」選手は、世界でも異例中の異例だ。

椿は29日、トライアスロン男子視覚障害銅メダルの米岡聡(35)のガイドとして、一夜明け会見に同席した。運動機能障害で銀メダルの宇田秀生(34)と米岡と並んで「次は自分自身の目標へ」と、パリ五輪を目指すことを明かした。

東京五輪を目指していた16年、脳に腫瘍が見つかった。小児がんの一種の髄芽腫。手術で摘出後、抗がん剤と放射線治療は1年に及んだ。筋肉は落ち、体力もなくなった。復帰した18年日本選手権は29位。国際大会でのポイントが必要な東京五輪が遠くなった。

「米岡のガイドをやってみないか」。三井住友海上の川合貴紀監督から提案された。チームメートだったが、一緒に練習をしたことはない。ガイドのことも知らない。それでも、五輪へプラスになるとは思った。「米岡さんのためでなく、自分のためにガイドをやらせてほしい」と言う申し出は快く了解された。19年、異色のペアが誕生した。

16年まで五輪強化チームにいた椿は、19年からはパラ強化チームに移った。自分を鍛えながら、ガイドについても学んだ。「自分は病気を言い訳にしかけていた。でも、みんな障がいを言い訳にしない。学ぶ点は多かった」と話した。

米岡との立場は対等。自分自身も成長するため、言いたいことは言った。衝突もした。「うるさいと思われたはず」。それでも、トップレベルのレース分析や試合勘は抜群。「目」と同時に「頭脳」にもなった。28日のレースでは後続との差を考え、ランの3周目に「この1周でケリを」と声をかけた。ギアチェンジして4位以下を引き離し、銅メダルを確定させた。

日本トライアスロン連合(JTU)が五輪もパラも統括するからこそ、この競技は五輪とパラの距離が近い。五輪強化とパラ強化は並列。パラの合宿に、五輪を目指す若手を帯同させることもある。だからこそ、選手とガイドが対等になれた。椿は「この競技のいいところ。間違いなく、ともにプラス」と話した。

髄芽腫の完治は「発症年齢×2+2年」だという。3歳ごろの発症が多いから通常なら8歳。椿の完治は50歳だが「そんなに待てませんよ」と笑う。「5歳になる息子とゆっくり遊びたい」と言いながらも「9月中旬から合宿、10月の日本選手権を目指します」。のんびりする時間はない。

東京五輪出場の夢はかなわなかったが、パラで選手村を体験し、メダルも手にした。「(パリ五輪への)アドバンテージですね」と笑ったが、本当のアドバンテージはガイドで得た経験と知識。そしてパラリンピアンから学んだ強い気持ちかもしれない。【荻島弘一】(ニッカンスポーツ・コム/記者コラム「OGGIのOh! Olympic」)

◆ガイドランナー 視覚障害選手の目の代わりとなって進路を導く伴走者のこと。長さ50センチ以内のガイドロープを互いに握り、その張り具合を調節してコースを誘導する。伴走者が同時、または先にゴールした場合は失格となる。レースの全距離を通して伴走し、3位以内でのゴールに貢献したガイドには選手と同じメダルが授与される。トライアスロンの場合、同性のガイドが3種目を通じて伴走する。