12月27日、時刻は午後7時半を回っていた。

姿を見せたのはフィギュアスケート・アイスダンスの村元哉中(かな、28)と、高橋大輔(35=ともに関大KFSC)だった。

夢が途絶えて、まだ24時間もたっていなかった。

さいたまスーパーアリーナで行われていた全日本選手権。前夜、日本が確保していた2022年北京五輪(オリンピック)代表切符1枚の行方が決まった。

日本スケート連盟は小松原美里、尊組(倉敷FSC)を五輪代表に選出し、竹内洋輔フィギュア強化部長(42)は「最終的に全日本チャンピオンを選出しようと決まった」と説明した。それが実力が均衡した2組の、選考の決め手だった。

カップル結成2季目の村元、高橋組はリズムダンス(RD)で足が絡まり、そろって転倒した。2人は「普段しないミス」と肩を落とした。25日のフリーダンス(FD)を終え、合計176・31点。夫婦で五輪初出場を目指した小松原組には、わずかに1・86点及ばなかった。

一夜明け、高橋の表情は実にすがすがしかった。

「今まではシングルの注目度が高かった。カップル競技の世界があるんだと、普段は見ない方々にも少し知っていただけたかなと思います。五輪選考において『どっちが行くんだ!?』と注目していただいた。これから先、カップル競技に興味を持ってくださる方も増えてくると思います。取り上げていただいて、ありがとうございました」

苦労は絶えなかった。2019年。村元にアイスダンスの世界へと誘われ、人生が変わった。シングルで2010年バンクーバー五輪銅メダル、世界選手権優勝。その高橋が2020年2月に新たな挑戦を始めた。直後に新型コロナウイルスが世界的に感染拡大。一時帰国し、再び渡米した。その直後、リフトを作り上げる最中に高橋の肋骨(ろっこつ)にひびが入った。

約1カ月後に復帰したが不運は続いた。2人に合うスピンを模索中に村元が転倒。脳振とうでさらに1カ月間、練習できなかった。滑られない時期は合わせて2カ月に至った。RDの演目を作り上げた時には、9月になっていた。高橋は当時を思い返して明かした。

「本当にリフトでこけたり、落とすことが何回もあった。相当怖いはずなのに、哉中ちゃんはそれを見せると僕が自信をなくすと分かっていたと思います。(恐怖心を)見せないように頑張ってくれていたことにも、気づいていました。そういったところも、乗り越えられた。そして今の自分たちがあるなと思います」

隣で村元が笑っていた。

「はっきり言って(恐怖心は今季は)全然違います。リフトをされる側も、ちゃんとした位置に乗ってあげないと負担になる。お互いが探り探りでした。大ちゃんも怖かったと思います。今は体を不安なく、預けられるようになりました」

そこには2人だけが知る、過程があった。

村元、高橋組、そして小松原組-。双方の努力なくして、息をのむ競演は成り立たなかった。

「ライバル」-。その話題にふれた高橋の表情は、生き生きとしていた。

「『試合しているな~』っていう風に感じられました。ドキドキ感だったり、刺激…。それをすごく感じて、過ごすことができました。大変でしたけれど、充実している。『ライバルがいる』ということは一緒に成長できる。自分にとって助けになったと感じます」

村元は小松原組へ、明るい声でエールを送った。

「アイスダンサーしか分からない苦労ってあると思うんです。平昌五輪を経験したからこそ、雰囲気が分かります。楽しんでほしいし、自信を持って、日本を代表して全力を尽くしてほしい思いでいっぱいです」

別の時間を使って取材に応じた小松原組も、偽りのない思いを言葉にした。

高橋と同じ岡山・倉敷市で育った美里は、2006年トリノ大会に臨む先輩を応援した時、初めて「五輪」の舞台を身近に感じた。

「心から(村元、高橋組を)尊敬しています。ライバルというか、同志というか…。先輩でもあるけれど、2人がいなかったら、ここまでプッシュできなかった。アイスダンスがもっと発展するように、自分たちが頑張らないといけない」

米国出身で日本国籍を取得した尊も、胸に抱く思いを丁寧な日本語で紡いだ。

「ライバルというのは、すごくいいことです」

わずかな差で明暗は分かれた。それでも-。最後に浮き上がった関係性には、何物にも代えがたい美しさがあった。【松本航】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)


◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫・宝塚市生まれ。武庫荘総合高、大体大ではラグビー部に所属。13年10月に日刊スポーツ大阪本社へ入社し、プロ野球阪神担当。15年11月からは五輪競技やラグビーを中心に取材。18年ピョンチャン(平昌)五輪ではフィギュアスケートとショートトラックを担当。19年はラグビーW杯日本大会、21年の東京五輪は札幌開催だったマラソンや競歩などを取材。

アイスダンス・フリーダンスに臨む村元(上)、高橋組(2021年12月25日撮影)
アイスダンス・フリーダンスに臨む村元(上)、高橋組(2021年12月25日撮影)