02年の秋、議論は白熱した。

「北島(康介)に金メダルを取らすために何をするか」

座長でコーチの平井伯昌を、戦略分析の岩原文彦、肉体改造の田村尚之、映像分析の河合正治、コンディショニングの小沢邦彦が囲んだ。のちに「チーム北島」といわれる面々が意見を出し合う。東京都内の国立スポーツ科学センター(JISS)3階の部屋には熱気が充満していた。

平井はもともとスポーツ科学に強い関心があった。乳酸測定器、映像解析ソフトなどを自腹で購入。北島が中学生時代から前出の岩原、河合らと協力関係を構築した。00年シドニーオリンピック(五輪)。高校生の北島はメダルを逃すが、本人はもちろん、周囲も大きな手応えを得る。五輪金メダルへの取り組みを本格化させていた頃、強化拠点JISSが開設。抜群のタイミングだった。

64年東京五輪後から、スポーツ界にとって強化拠点の設立は悲願だった。何度か構想があがるも頓挫。転機は96年アトランタ五輪だった。金は3個、メダル総数14個という惨敗。国も危機感を持ち、強化拠点設立の構想が具体化していく。01年10月、医科学と情報分野で選手を支援するJISSが総工費約275億円をかけて完成した。

JISSには競泳、シンクロナイズドスイミング(現アーティスティックスイミング)、柔道、体操の練習場が設置された。当時、自宅もスイミングクラブも近かった北島は「オープンする前から使わせてもらっていた」と頻繁に通った。JISSでは「チーム北島」の泳ぎを解析する岩原、肉体を強化する田村、ケアする小沢らの協力を得て、泳ぎを研ぎ澄ます。平井は「データを取ってもらって、議論しながら現場に落とし込む。現場と科学が密着。当時では斬新だった」と振り返った。

五輪本番レースでも科学の力が生きた。戦略分析の岩原が予選、準決勝とライバルとの比較データを出す。平井はスタート、ターン、1つ1つのストロークのデータを分析しながら戦術を組み立てた。「コーチングは経験、勘も大切だが、自分の考えと各分野の専門家の意見が一致すると、より確信が得られた」と平井は言う。北島の五輪連続2冠に科学の力は不可欠だった。

「チーム北島」の成功は競泳だけでなく、他競技にも影響を与えた。各競技ともサポート態勢の充実に力を入れ始める。08年1月には約370億円をかけ、JISSの隣にナショナルトレーニングセンター(NTC)もオープン。24時間いつでも練習に打ち込め、動作分析、ケア、栄養サポートも受けられる。今はメダル候補たちの多数が「チーム北島」のような支えがある。五輪メダル数も右肩上がりで、前回リオでは最多41個を獲得した。

スポーツ医科学が大いに進歩した平成時代。一方で昭和時代では当たり前だったスパルタ指導は批判の的になった。昨年も複数の競技でパワハラが騒動となり社会問題化した。日本オリンピック委員会理事で水連副会長の上野広治は「もう上から抑え付ける指導は通用しない」と話す。

昭和の指導論は過去のものになるのか。平井は指導の根底に、精神、根性論は残っているという。

「楽なトレーニングはない。自分を厳しく律して、最後は自分に打ち勝つ。克己心。科学的アプローチはどんどんアップデートして、効率的になっていくかもしれないが、根っこの部分は同じだ」

医科学がどんなに発展しても、最後は本人の心次第。それだけは昭和も平成も令和も変わらない。(敬称略)

【田口潤、益田一弘】

◆国立スポーツ科学センター(JISS) 01年10月、東京都北区西が丘に設置。スポーツ科学、医学、情報研究の中枢機関で、日本の競技力向上を支援するのが目的。故障した選手のリハビリや、コンディショニングを担当するスポーツ医科学研究部、選手の動きやバイオメカニズム(生物形態、運動情報)を分析するスポーツ科学研究部、さらにスポーツ診療事業などがある。競泳、アーティスティックスイミング、射撃などの練習場もある。

◆味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC) 東京・北区にあるトップレベルの競技者のための総合強化施設。総工費370億円をかけて08年1月に設立。バレーボール、柔道、レスリング、アーチェリーなど各競技の専用施設があり、国立スポーツ科学センター(JISS)にも隣接。併設する宿泊施設には食堂やビデオルームなども。日本スポーツ振興センターが管理している。