【シェフィールド=松本航】ショートプログラム(SP)首位の三原舞依(23=シスメックス)がGPシリーズ初優勝を飾った。
フリー145・20点を記録し、合計217・43点。4大陸選手権2度の優勝を誇る実力者だが、GPシリーズは16年の初参戦からタイトルに縁がなかった。次戦は第6戦フィンランド大会(25~27日、エスポー)に出場し、ファイナル(12月、イタリア・トリノ)の切符を目指す。12日の男子フリーでは佐藤駿(18=明大)が合計249・03点で3位に入った。
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まばゆいリンクを見つめ、拍手をしていた三原がその手をぐっと握った。直前で昨季世界ジュニア女王レビト(米国)が好演技。優勝争いのライバルをねぎらい、出番が来た。7つのジャンプを着氷させ、最終盤のロングスパイラルをほどくと笑顔になった。演技を終えると両手を振り下ろし、1・69点差でレビトを振り切ると涙があふれ出た。
あと1歩に苦しんできた。GPシリーズ9大会に出場し、4位が7度。「悔しさがたくさんあった」。練習中から中野コーチに背中を押された。「あなたもメダルを取れる。優勝しよう」。言葉を力に変えた。「今日の金メダルは人生の中で、今までで一番大きな結果。信じられないというのが頭の中で大きい」と歓喜に震えた。
昨季の全日本選手権も3位に2・79点及ばず、4位で3枚の北京五輪代表切符を逃した。元号が令和となる直前の19年春、大学2年生の三原が歯がゆい感情を言葉に残したことがある。
「4位と3位の違いは死ぬほど分かっているんです。仮に自分の演技に満足していたとしても、何かが足りないから、その順位になる。点数が出る選手は私以上の物を持っている。心から『おめでとう』と思いますし、悔しさもあります」
その直後に競技から離れた。体調不良により1年間の競技会欠場。体重が落ち、簡単に体力は戻らなかった。初の五輪に届かず、失意の中、今年1月の4大陸選手権で2度目の頂点に立った。夏は体力強化に重点を置き、終盤に力強さを出したいフリーに備えた。「髪の毛につけているバラのような真っ赤な炎の中にいる女性を演じ切れたらいいな」。思いを体現した。
初めての英国開催のGPシリーズ。マンチェスター空港に降り立つ直前、景色を眺めて「私がイギリスに住んだら、どの家がいいかな?」と空想した。会場では温かい声援に応え、「ずっと行きたい舞台」という憧れのファイナルも見えてきた。称賛の拍手は、順位と三原からにじむ魅力、それを示す証しだった。


