夏季を含めて日本女子最多のオリンピック(五輪)メダル通算10個を誇るスピードスケートの高木美帆(31=TOKIOインカラミ)が6日、都内で引退会見に臨んだ。
22年北京五輪の担当記者が当時を振り返った。
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コロナが残る北京の冬、女子団体追い抜きの決勝は静かな戦場だった。高木美帆が佐藤綾乃、高木菜那を率いる。一糸乱れぬ隊列は精密機械のように美しく、観客が制限されたリンクに、連覇への道筋を刻みながら加速していた。
栄光への扉が突如として閉ざされたのは、最終コーナーという魔境だった。背後に迫るカナダの影。残り半周で0秒32差。コーチの焦燥が3人に伝わる。
行かせてなるものか-
最後尾の菜那の胸中に勝利への執念と焦りが渦巻いた。佐藤の腰を押し、最後の力を込めたが、非情な運命の引き金となる。命綱である左エッジが氷を捉え損ねて外側へ抜けた。気づいたとき視界は反転し、防壁の衝撃が全身を打っていた。ゴールまで60メートル。金メダルが指からこぼれ落ちた。
リンクに伏し号泣する姉。その肩を抱き、己の胸を貸したのは妹美帆だった。
氷の上では血縁すら排し、厳しきライバルとして競り合ってきた2人。後に解説者としてミラノの地で「姉妹」を押し出した今の菜那からは想像もつかぬほど、あの時の2人は孤高の勝負師だった。皮肉にも「敗北」が2人の“鋼の仮面”を打ち砕き「実の姉妹」がさらけ出した。
前年、未曽有のパンデミックにあえぎ、東京の夏は隔絶の世界だった。肉親ですら面会を阻まれた狂騒の時代。その渇きを癒やすかのように東京五輪では「家族愛」や「絆」という言葉が強調された。勝利を分かち合う「きょうだい」のむつまじい姿は、混迷する社会への清涼剤として、お茶の間に届けられた。
だが美帆は、その光景に自分たちを投影できなかった。
「私たちとは何か違う…」
氷に立つ姉の姿が胸に去来した。戦いの場を離れれば姉妹としてカフェで椅子を並べることもある。しかし、一度リンクに踏み込めば姉も妹も存在しない。
だからこそ北京の氷上で、あの鉄のような均衡が崩れ去った瞬間は衝撃的だった。半年前に見た東京の絆とはひと味違う、むき出しの「人間愛」が氷を溶かさんばかりの熱量であふれ出したのだ。
希代の勝負師が、命を伝え続けたスケート靴をそっと脱いだ。「孤高の姉妹」の戦いは終わりを告げたが、あの青白い火花は一生、記者の記憶から消えることはない。【22年北京五輪担当=三須一紀】


