プロ野球ドラフト会議が26日に行われる。花巻東(岩手)の松嶋翔平投手(3年)は、1度もベンチ入りを経験しないままプロ志望届を提出し、運命の日を待つ。右スリークオーターから最速147キロの直球を投げ込む素質型だったが、夏本番目前の6月に右手首を骨折。ラストチャンスを逃していた。9月2日には弟の晃佑さんが13歳で急逝。弟との約束と悲しみを背負って、夢を実現させる。

 天国にいる弟のため、そして自分のために-。松嶋がプロ志望届提出を決断したのには、理由があった。弟の晃佑さんが9月1日、所属する仙北中軟式野球部の試合の合間にクモ膜下出血で突然倒れ、翌2日に急逝した。13歳の命だった。

 松嶋 8月に実家に帰った時に、弟とプロ野球選手になるって約束していた。ベンチ入りもしたことがない自分がプロ志望届を出していいか迷ったけど、勝負したい気持ちの方が強かった。プロ1本で決心することができた。

 花巻東入学後の1年冬に高い身体能力を買われ、外野手から投手に転向。いきなり138キロをたたき出し、高3春には147キロまで上昇した。春の東北大会用の秘密兵器として公式戦初ベンチ入りを狙っていたが、チームは出場のかかる春の県大会3位決定戦で敗退。ラストチャンスとなる夏本番前の6月には右手首を剥離骨折した。「最初は隠してでもやろうとしたけど、痛くて駄目だった。最後に背番号をもらいたかった」と今でも悔しさをにじませる。

 今夏は3回戦で敗れ、8月から打撃投手で復帰した。9月29日にプロ志望届が受理され、同30日にはDeNAの入団テストを受けた。遠投は120メートルを超える強肩でバックスクリーンにぶちあて、50メートル走は6秒0を計測。恩師の佐々木洋監督(42)は「試合は出てないけど、身体能力は非常に高い。投げる、飛ばすなど、1個1個の動きでは日本ハム大谷翔平を上回るものがある」と太鼓判を押す。

 ベールを脱ぐのは、プロ入りしてからでも遅くない。すでにDeNAを始め、5球団から調査書が届いている。松嶋は意気込む。「持ち味の球速を見てほしい。育成でもいいからプロに入りたい。大谷先輩と同じ“翔平”として日本を代表する投手になりたい」。遅咲きの男が、大輪の花を咲かせてみせる。【高橋洋平】

 ◆松嶋翔平(まつしま・しょうへい)1999年(平11)5月18日、岩手・盛岡市生まれ。仙北小3年で野球を始め、仙北中では軟式野球部に所属。花巻東に入学後の1年冬に投手転向も、1度もベンチ入りできないまま引退。球種はカーブ、スライダー、フォーク。186センチ、80キロ。右投げ右打ち。家族は両親と弟、妹。