<全国高校野球選手権:東海大相模10-3九州学院>◇19日◇準々決勝

 東海大相模(神奈川)のドラフト1位候補右腕、一二三慎太投手(3年)が、153球完投で初優勝した70年以来、40年ぶりの4強進出を決めた。準々決勝の九州学院(熊本)戦に先発し、最速146キロの直球を軸に9安打9奪三振3失点で投げ切った。同校OBの巨人・原辰徳監督(52)は74年、75年の8強が最高成績で、偉大な先輩超えを果たした。

 1イニングだけで5安打された8回2死一、二塁、一二三はマウンドで3回大きく深呼吸した。神奈川大会前に、原貢元監督(75)から教えられたリラックス法。ゆっくりと息を吐き「焦るな」と自分に言い聞かせた。3球目。九州学院・溝脇への外角高め135キロの直球が、投ゴロで目の前に転がった。ピンチを自ら処理し、この回3失点で食い止めると、続く9回はきっちり3者凡退で抑えた。

 同校40年ぶりの4強入りで、巨人原監督が1、2年時の8強の壁を突破した。相手の九州学院は、父善則さん(55)の地元で「一二三」姓のルーツでもある熊本県代表。先祖は武士だといい、保育園児のころは熊本城などを訪れていたが「熊本っていうのは関係なしに頑張る」と、容赦しなかった。

 土岐商を1安打完封した3回戦に続き、この日も7回まで無失点。12個のアウトを内野ゴロで奪った。1回から全力投球で、2回には146キロを記録。だが、35度を超える猛暑が体力を奪った。顔を真っ赤にして153球を投げ抜いたが「(8回)一気に3点取られたのは自分の弱さ。全然ダメ」と反省の弁を並べた。

 サイドスロー転向は、もともと興南・島袋のトルネード投法をまねしたのが始まりだ。不調にあえいでいた5月の沖縄遠征でブルペンの島袋をのぞき「よくあんなフォームで投げられるよな」と体をひねって投げてみた。自然と腕の位置が下がり、サイド気味に。試しに200球を投げたところ、球が伸び、コーナーに決まった。今や“メル友”の2人は、大会前も「甲子園、頑張ろうな」と励まし合った。18日には興南戦をテレビ観戦し、左腕の粘投に刺激を受けた。決勝までは3連戦。友と対戦するためにも、準決勝は負けられない。

 試合前日、数人で恒例の銭湯に行くと、帰りを待っていた女性ファンに写真撮影を求められた。周囲の期待は日に日に高まる。「優勝は目標だけど、次を勝たないとできない。連投でも自分が踏ん張って勝ちます」。40年ぶり2度目の深紅の優勝旗を手にするまで、あと2勝。栄光へのカウントダウンが始まった。【鎌田良美】