ぴりりと張り詰めた空気の試合前練習中に、ほのぼのとした光景があった。阪神が侍ジャパンと戦った3日の京セラドーム大阪だ。一塁ファウルゾーンで打撃を見ていると、原口の打球が防球ネットの鉄枠に当たり、跳ね返りに襲われた。「危ねえ!」。地をはう白球は、不運にも目の前にいたカメラマンを直撃した。

 相変わらずこーんこーんと打ち続けている。ボールには気をつけないとね、などと考えていると、やがて打ち終わった原口がやってきた。「打球、大丈夫でしたか?」。くだんのカメラマンに声を掛けていた。なぜなのか、さりげない気遣いが妙に心に残った。

 先週はキャンプ終了直後のネタ薄な時期で虎番は困る。ここで救世主になったのが原口だ。結婚、一塁転向。人生の節目だ。覚悟の表れか、目下、3試合連続打点。主軸の自覚十分で、1軍2年目の飛躍を期す。

 胸に秘める「1厘の悔しさ」も原動力だ。育成から昇格した昨季、内角攻めに苦しみながらも打率2割9分9厘、11本塁打は立派だろう。だが「あの1厘というのは、まだまだやらないといけないというのを言ってくれている」と振り返る。打率3割のチャンスは最終戦の10月1日巨人戦まで残った。1回の安打で3割2厘。2度凡退し、7回の第4打席を迎えるとき、甲子園の電光掲示板は打率を「300」と示す。5点リードでシーズン最終打席が濃厚。打てば3割台、凡退で2割台の分かれ目だ。

 高木の初球直球を強振。右中間を破りそうな打球は無情にも中堅立岡のグラブに収まった。「最後の4打席目も初球から振っていけましたけどね。それに規定打席にも達していない」。1厘に悔しがり、1打席の重みを痛感させられた。

 2月の沖縄から見ていて気になることがあった。単打を重ねても打球が上がらない。だが、いまは違う。「京セラに戻って強い自分のスイングをできるようになりました。あとは長打になってくれれば」。高々と舞い、何度も柵越え。久しぶりに見た原口の弾道はアーチの気配すら漂わせる。春遠からじ。つかみ損ねた「忘れ物」を取りに行く準備は整いつつあるようだ。(敬称略)