楽天は8日、4班に分かれ宮城県内各地を訪問した。3月11日に発生した東日本大震災の影響を受け、避難所生活を行っている東北の人々を励まして回った。大震災以来初めて本拠地仙台に戻った7日深夜に、最大震度6強の余震を経験したが、予定通りスケジュールを守った。県最南部の山元町を訪れた星野仙一監督(64)は、津波による甚大な被害の現実と、それでもたくましく生き抜くみちのくの強さを同時に見た。「勝って勝って、勝ちまくる」。開幕4日前にして迷いが消えた。

 仙台に戻った足で避難所を訪れた7日の夜だった。星野監督は5週間ぶりのわが家で、散らかった荷を整理し、一段落ついたところだった。深夜に震度6弱の横揺れが来た。「初めて経験する揺れで驚いた。終わったと思ったらまた…」。停電。暗闇で夜を明かした。ただ断固たる決意で今回の帰還を決めた以上、「この目で見て感じる。心が動くはず」との目的は譲れなかった。山元町の高台から荒野を見渡した後、眼前に海の小学校に立った。「この言葉が適切だとは思わない。だが『地獄』と思った」。まざまざと見せつけられた天の脅威を恨み、暗たんとしたまま山下中学校に着いた。

 ただ待っていたのは世代を問わない笑顔だった。「明日も分からない状況の中、子どもは無邪気だった。野球を知らないであろうお年寄りの方まで『イーグルスを応援してるんですよ』と言ってくれた」。3月11日をくぐり抜けた強さ。「希望、勇気、諦めるな。頑張れ。私の言葉では何かを伝えることができない。我々の何だかんだなんて、あの人たちを思えば」と悟った。闘将と呼ばれる男の本能が、腹の底からわき上がってきた。

 星野監督

 勝ち進んでいくことだ。僕はそういう思いにかられた。応援してくれた、あの人たちのために勝つんだ。勝って勝って、勝ちまくること。そうすれば、みんな笑えるはずだから。本当に優しくて思いやりのある選手たち。彼らに戦う心、闘争心を身に着けさせる。

 プロの世界の第一義「勝つ」を何度も何度も繰り返し、続けた。

 星野監督

 今年は開幕が3つあるんだ。そう選手に伝えてる。千葉、甲子園、そして4月29日、クリネックス。必ず貯金して帰ってくる。

 苦しいことの方が圧倒的に多い中でも拳を下げず戦い抜く。その先に、初めて、勝利がある。自分の人生に投影できるから野球は日本人に根付いている。みちのくのみんなから、野球人としてあるべき姿を教えてもらった。大きな恩は必ず、勝って返す。【宮下敬至】