横綱白鵬(31=宮城野)が角界入りの恩人との別れを悲しんだ。大阪の物流会社、摂津倉庫の浅野毅会長(77)が23日に内臓疾患で死去した。27日、吹田市で営まれた通夜に参列し「私などモンゴル力士の若者に、長い長い手を伸ばしてくれた。天国から見守ってもらえたら」としのんだ。

 浅野会長がいたからこそ今がある。角界入りを夢見て来日した00年。約3カ月間、相撲部がある摂津倉庫に身を寄せて相撲を学んだ。だが当時は体重62キロで、なかなか入門先が決まらなかった。運命の日は帰国前日。浅野会長が奔走し、宮城野部屋に入門する道を開いてくれた。「今でも覚えている。さよならパーティーで『やれるか?』と聞かれて『頑張ります』と答えた。(モンゴルに)電話するよう言われて『残ります』と電話した。思い出すだけでも泣けてくる」と目をうるませた。

 春場所後に病床を見舞い、36度目の優勝を決めた千秋楽の懸賞を手渡したのが最後。春巡業では浅野会長から贈られた化粧まわしで土俵入りした。「いつかは旅立つ日が来る。大鵬さんもそうだった。私にとっては原点。本場所で恩返ししたい」と、しみじみと話した。