大相撲夏場所で、2日続けて微妙な勝負判定があった。8日目(15日)の正代-豊昇龍戦、9日目(16日)の若隆景-貴景勝戦はいずれもビデオで確認すると、勝った力士が負けていたように見える。どちらの取組にも、審判から物言いがつかなかった。なぜ確認ができなかったのか、突き詰めていくと意外な内部事情が明らかになった。

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まずは、この2番を振り返ってみる。

▽正代-豊昇龍 寄り倒しで正代の勝ちとなった。しかし、豊昇龍が土俵を割るよりも早く、正代の左足が返って足の甲が土俵についていた。物言いはつかなかった。

▽若隆景-貴景勝 はたき込みで若隆景の勝ち。しかし、取組中に若隆景が右手を土俵についているようにも見えた。物言いはつかなかった。

正代戦について、NHK大相撲中継では解説者の舞の海秀平氏が「物言いはつけるべきだったですね」と指摘。八角理事長(元横綱北勝海)も報道陣の取材に対し「物言いはつけた方がいい。テレビでは分かるけど、館内(のファン)は分からないからね。確認することは必要」とコメントした。

なぜ審判は物言いをつけなかったのか。土俵下で見ている限りでは、物言いをつけるほどきわどくはないと判断したからかもしれない。とはいえ、審判部では定期的に「分からなかったら確認のための物言いをつけた方がいい」と申し合わせている。今回はその意識が薄れていたのかもしれない。

次に、ビデオ室はなぜ、審判長に指摘をしなかったのか。国技館には審判部室の横にビデオ室があり、ビデオ係の親方がイヤホンをつけた審判長と通話できる。これまではビデオ係の指摘により、物言いがついたケースもあった。だが、複数の親方によると、3月の春場所途中からビデオ室が物言いを促しにくくなる出来事があった。審判部全体に影響力のある親方が、3月の春場所中にビデオ係の親方に対して「土俵周りの目がすべてなんだから、ビデオ室から物言いをつける必要はない」と指示。ビデオ係の指摘で、その親方にとって都合の悪い結果になったことが発端だったという。

この指示に対し、言われた親方は激怒し、審判部内では「その指示はおかしい」との声もある。一方で、「どっちが正しいという問題ではない。ビデオはあくまで参考。ビデオ室の見解を5人の審判が覆すこともある」と話す親方もいる。

「ビデオ室は物言いをつけない」との見解は審判部全体への通達でも合意事項でもない。だが、影響力ある親方の一言が審判部内に浸透し、ビデオ室から指摘したくてもできない状況に今もなっている。

前述の2番について、まずは確認のための物言いが必要だった。最終的な結論は審判が出すにせよ、現場の審判が気付かなければ、ビデオ室からの指摘があった方がいいのではないか。「正しい判定でないと力士がかわいそうだし、こういうのが続くとやっている人間はくさっちゃう」と話す親方もいる。相撲ファンも前述の2番については特に疑問を呈する人が多く、「誤審」と断言する声もある。

幸い10日目は幕内だけでも、4番も物言いがついた。審判部の自浄作用が働いたとみられる。力士やファンの気持ちが離れてしまう事態だけは避けたい。【佐々木一郎】