俳優渋川清彦(41)主演映画「下衆の愛」(げすのあい)(内田英治監督)が今日2日、公開初日を迎えた。昨年の東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門に出品された今作で、渋川は女好きで自堕落な“ゲスな映画監督”テツオを演じた。日刊スポーツの単独インタビューに応じ、公開規模が小さいインディーズ映画の製作現場を舞台に、欲望をむき出しにした“ゲスな人々”が登場する今作を通して映画、業界、自身の俳優人生について語った。

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 --登場人物はみんな、相当“ゲス”な人々ですが、愛する映画のために“ゲス”になっている

 渋川 1つ、自分の信念のために“ゲス”になっている。そのために、何をやっても良いとは思わないけれど、岡野真也さんが演じた新人女優ミナミが、女優になるために人気映画監督(古舘寛治)に近づくのは、それはそれで…。男の俳優が、そういう手を使ってやるのは、格好悪いと思うけれど。それは、男と女の違いかもしれませんけど(苦笑い)

 --テツオと助監督マモル(細田善彦)との関係性も面白い。マモルは女性との“ハメ撮り”で生計を立てつつテツオにほれている

 渋川 男の世界って、そういう面があるじゃないですか? 精神的に、ほれているみたいな…。

 --結局、登場人物みんなが映画が好きで、映画に出るため、作るために“ゲス”なことをするのが、この作品が映画として、良い形で成立できているカギ

 渋川 愛がなくなったら、ただの“ゲス”ですからね(苦笑い)監督が、何か映画を見て、インスパイアされたようで「KEE君(渋川)を主人公で書くから」って感じで…直接、台本を送ってもらったんですよ。それが、面白かった。言ったら、当て書きみたいなもので、やりやすい。最初は、主人公にボリュームがあったんですけど、監督と話し合って、もう少しいろいろな人の背景も増やしたらいいじゃないですか? みたいな話になった。台本が上がってみたら…率直な感想を言うと、全体的にちょっとキャラクターは多いかなって感じました。それぞれ、みんな個性が強いんで、おなかいっぱいになっちゃうかなって思ったんですけど、そんなのをひっくるめて、いいかなって気はしています。

 --ほとんど当て書きということで「俺って、こう見えてるのか?」と思ったりはしたか

 渋川 スクリーンの中のイメージと自分の外見とで、こう振ったら面白いんじゃないか、ということで(今回の話を)振ってくれているんです。

 --映画監督は、昨年の「お盆の弟」(大崎章監督)でも演じた。今回、演じたテツオはどう思った?

 渋川 監督役は結構、やったことがありますし、やらないか、という話もありますね。今回は、こいつ“ゲス”だなぁとは思ったけれど、こんなのやりたくないなぁとは思わなかった。どんな役に対しても、どう思う…というのは、あまりなくて、何が来ても(OK)という感じですね。生理的に、よほど受け付けないような役以外は、別に何でもいいかなという感じで、学生が作った自主映画でも台本をもらったら読むんです。

 --テツオは、とにかく女を連れ込んでセックスするばかりで、監督としてもうだつが上がらない

 渋川 最低な格好悪いヤツだけど、1つ芯…映画愛があるから、いいと思いました。最後の方にある「何だよ、それ(プライドで)食えんのか」というセリフ、すごく好きだなぁ。

 --エンディングは、かなり危険な終わり方ですが、結末は、はっきり描いていない

 渋川 俺も、あの終わり方は好きですね。最初は…多分、もっとハッピーエンドだったんですよ。監督がハッピーエンドにしたくないと言って、ああなった。

 --ところで、モデルとして芸能活動を始めたが、映画を主な活躍のフィールドにしたのは、いつから?

 渋川 自覚は…ないんですよね。普通の人が好きな感覚で、映画は好きでした。モデルも、別にやりたくなかったし、本当にやるとも思わなかった。背が高いわけでないし、スタイルも普通だし。19の時に(米国の写真家)ナン・ゴールディンが拾ってくれた。ナンがアラーキー(荒木経惟氏)と合同写真展「TOKYO LOVE」を銀座で開いた時に、モデルを探していて出会った。バイトに行く途中に、町の中で声をかけられてモデルを始めたんです。人生って、本当に分からない。それがなかったら俺、やってないですよ。ナンは、自分の周りをドキュメンタリー的に撮って、90年代に世界的に注目され、現在は先生みたいになっているすごい人で「KEE、モデルみたいにならない方が良いよ」って言うんです。モデル的な人が嫌いなんです。ナンは気に入ってくれて、ニューヨークに遊びに行った時も「KEE、帰るな。俳優養成所に通え。金は私が払うから」と言われましたけど…飛び込む勇気はなかったですね。でも、そこからモデルをやりつつ、流れで俳優もやったんです。

 --流れに身を委ね、自分の良さを出すから、多くの監督が「最も使いたい俳優」と口をそろえる存在になったのでは?

 渋川 身を委ねるんですけど結局、我が強いし、頑固だから(演技に)自分が出てしまうんですよね、多分。それ(個性)で、何となく人は使ってくれたかな、というところがありますね。僕を使いたいと、業界の皆さんが言ってくれるのは、ありがたいですね。

 --昨年、同じ東京国際映画祭で日本映画スプラッシュ部門に出品された「アレノ」(越川道夫監督)公開時に「(作品が)でかい、小さいにかかわらず、こだわりなくやっている」と語った

 渋川 普通のことなんですよね、それが。みんな、できないだけ。「ナイン・ソウルズ」(豊田利晃監督、03年)で共演させていただいた原田芳雄さんは、年を取ってからも、若い監督ともすごくやっていた。撃たれて死ぬ役をやった時、そのシーンで芳雄さんが俺の襟首をつかむんですが、その時、スコンと意識がなくなったというか…記憶にない感じになった。そんなの、その時しかないですからね。スクリーンで見た時、自分が演じた時に感じていたエネルギーがなくて…。酒を飲んだ勢いで、芳雄さんに「どうなんですかね?」と聞いたら、「そんなの、俺だって分かんねぇんだよ(俳優を)今までやってきて」と言ってくださった。それが、今でも印象に残っています。教えてもらったことを、自分なりに思ってやっているし、それをできる限りやって、少しでも近づきたいですよね。

 --あらためて映画とは

 渋川 熱があるから、やっぱり面白いですからね。映画自体より、映画を作っている人たちが、俺は好きですね。熱がある人、多いんですよね。

 --最後に…映画に出るために女優が体を売り、監督が脚本家の脚本を自分のものだと言う場面が出てくる。現実と比較してどうか

 渋川 俺が行くところには、そういうことはないですよね。でも、いろいろ話を聞いていると…あるところには、あるみたいですよ。斜めに見てみたら(作品は)面白い部分はありますよね。映画に限らず、ドラマでもエンターテインメントの世界は、グレーというか、そういう部分はあるでしょうね。映画業界の、ある部分をのぞけるはずだから…そこをファンタジーにしたものとして見てほしいですね。できるだけ、多くの人に見てほしいです。リアルではない…でも、あるんじゃないの? と(笑い)

 「下衆の愛」公開前日の1日には「蜜のあわれ」(石井岳龍監督)、29日には「テラフォーマーズ」(三池崇史監督)と4月だけで出演した3本の映画が公開される。その中、大作に数えられる「テラフォーマーズ」では、原作の漫画にはない元ヤクザの宇宙船隊員・吉兼丈二を演じ、すごみ、怖さにコミカルさを交えた存在感のあるキャラクターを作り上げている。さらに今秋には、故郷の群馬県渋川市を中心に撮影される主演映画「榎田貿易堂(仮)」(飯塚健監督)の撮影も始まる予定だ。バジェットの大小にかかわらず、どの作品でも強い存在感を見せる渋川は、映画業界の中で、さらなる輝きを放っていく。【村上幸将】