歌手美川憲一(66)が、21日から名作「楢山節考」で初の朗読公演に挑戦することが4日、分かった。リーディングドラマ「楢山節考」(演出・青井陽治)で約2時間半、若手尺八奏者・松村湧太氏(22)の効果音をバックに、命の尊厳をただひとりで訴えかける。朗読後は、生みの親と育ての親の2人の母を持つ美川が「わが母を語る」というテーマでトークする。

 同公演は約2年前に「飽食の時代だからこそ見直さなければならない作品」(青井氏)と企画され、美川に出演のオファーが届いた。岡本多鶴チーフプロデューサーは「表現力の豊かさ、声が朗読に向いているということだけでなく、おふたりのお母さまを持った美川さんの内面から出る精神性も欲しいと思いました」と語る。

 だが、美川は「朗読は俳優さんのおやりになること。私は歌手で、これほどの名作の朗読は無理」と断るつもりだったという。しかし、「大変なお仕事をしていかないと広がりがなくなる。やりきれれば一生の仕事となる」と思い直した。その後、東日本大震災が起き、「命の尊さ」を問う同作の上演意義はさらに深まった。

 会場も異色だ。初演は21日にりゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)の能楽堂。新潟はヒット曲「新潟ブルース」の関わりだが、何もない空間の能舞台で「楢山節考」をどう表現するかは美川の大きな挑戦となる。7月3日の東京公演は音楽の殿堂サントリーホール。11月17日の兵庫公演は兵庫県立芸術文化センターで行われる。演出も会場によって変わる予定で、美川は「今後、神社仏閣などでもやりたい。いつもチャラチャラした私じゃないわよ」と話す。まさに新境地となりそうだ。【笹森文彦】

 ◆楢山節考

 1956年(昭31)に「中央公論」に発表された深沢七郎氏の短編小説。70歳になると口減らしのため老人を山に捨てる姥捨山伝説をもととした作品で、69歳の主人公おりんと息子辰平の葛藤などを通じ、生命の尊厳を描く。58年に木下恵介監督で、83年に今村昌平監督でそれぞれ映画化され、緒形拳、坂本スミ子出演の後者はカンヌ映画祭最高賞のパルム・ドールを獲得した。