
2005年6月8日更新
まだスタート地点に立っただけだろ?
サッカーライター:吉崎英治
試合2日前の深夜にタイ入りし、現地でジーコジャパンの前日練習を取材して、8日の第3国無観客試合を見た。現地で試合が続くにつれ、頭の中をギュルンギュルンに巡ったのは「出場決定の瞬間、どういう想いが去来するか?」ということだった。
個人的なことなんだけど、出発直前まで「Number」で16年前の日本代表W杯の原稿を書いていたからだ。16年前というのは、横山兼三監督の下、若き日の柱谷哲二、井原正巳らがイタリアW杯予選を戦った時代のこと。今回の予選と意外な共通点があって興味深かった。
ひとつは、予選の勝ち負けに「決まり文句」がつきそうにないこと。
02年日韓大会・・・予選なし
98年フランス大会・・・ジョホールバルの歓喜
94年アメリカ大会・・・ドーハの悲劇
90年イタリア大会・・・?
今回の予選突破は何と呼ぶ?「バンコクの…?」
同じグループに北朝鮮が入っていることも同じだ。あの時は、1次予選最終戦で平壌に行って、0−2で敗戦。事実上の予選敗退を喫している。今回、平壌でボッコボコにしてやったら、16年前の恨みを晴らせたはず!こっちが出場決定の瞬間に、相手が予選敗退が決まるという、シビれるシチュエーションだったのに! だから、出発前は「第3国・・・」に対して残念に想う感情が強かった。
バンコク入りして、日本代表の前日練習に行った。ちょっと牧歌的な雰囲気だった。練習前、タイの日本人学校との記念撮影会があった。子供たちはスタンドに残り、声をまとめて選手に声援を送る。
「ナカタせんしゅー」「イナモトせんしゅー」
声は絶対に聞こえていたはずだけど、応える選手と応えない選手がいた。思い直すと、明日はW杯出場が決まる日なのだ。試合前日は、ちょっと不安になった。出場決定で、うれしい気持ちになるんだろうか?
試合当日。スパチャラサイ国立競技場で、北朝鮮を待ち構えた。バスを降りてきた、監督のユン・ジョンスにあいさつする。
「アンニョンハセヨ」
今日もまた、無視だ。
この予選を通じて、何度も話し掛けたけど、記者会見以外ではほとんど無視される。反応を示したとしても、首をちょっと動かしてうなずくだけだった。
試合前、ベンチ裏をうろうろしていると、北朝鮮協会の国際部長にも会った。思い返せば2月9日の初戦の前、海南島合宿では「取材規制VSのぞき隊」の格闘を繰り広げ
「おまえ、明日から来んなー」と怒鳴られたこともあったっけ。
今日は、軽くあいさつして、スタンドを一緒に眺めた。
国際部長は、ぼそっとつぶやく。
「ああ、観客が多いな」
「そうですね」
スタンドには、現地在住と思われる北朝鮮、韓国の両方の人が結構な数、来ていた。向こうは、ちょっと和やかムードだった。こっちもこっちで、2月9日の初戦の時のような、スパイ活動への燃えたぎる意欲は湧かない。
ああ、これで予選が終わるのか。試合前は、ちょっとした寂しさも漂った。
宮本恒靖の声が1番響いていた無観客試合は、前半のこう着した展開も、最後には大黒のだめ押しゴールで救われた。1分のロスタイムが終わると、審判の笛がスタンドにこだました。
−その瞬間、どんな想いが巡りましたか???
試合後、選手がバスに乗り込む通路に、外で試合を見ていたサポーターが押し寄せた。タイならではの警備体制(失礼!)で、中がぐちゃぐちゃになってる。サポーターがイナモト、イナモトとコールすると、彼は両手を挙げてそれに応えた。
この時、ああやっぱりうれしいな、と思った。
今回の予選に「決まり文句」なんて必要ないんだろう。爆発的な喜びも悲しみも、本大会で味あわなくっちゃ。
ドイツW杯は、1次リーグで敗退は許されない大会になるだろう。もし、仮に1次リーグで1つも勝てなかったら・・・。結局、このチームの「ヤマ」は04年のアジア杯だった、なんてことになりかねない。最終予選では「悲劇」「喜劇」もなかったからだ。
予選突破にも、実はあんまり燃えなかった。同じ想いのサッカーファンも多いはず。それでもいいんじゃない、というのが原稿を書き終えた今の気持ち。日本が成長したっていう、証しなんだから(それと、アジア枠が4・5のおかげ)。
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吉崎英治(よしざき・えいじ)


1974年(昭49)、長崎県生まれ。サッカーライター。99年、大阪外大朝鮮語科卒。日本、韓国のトピックスを中心に週刊サッカーマガジン、ナンバーなどに寄稿している。韓国人から最も注目(様々な意味で)されている日本人サッカーライターという声も。
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