1点をリードした後半ロスタイム2分。浦和MF柏木陽介(28)は、GKからのパスを受けた鹿島DF昌子に、トップスピードでプレスをかけた。

 昌子は驚いた様子で、後方にボールを下げた。背番号10はそのまま相手の横を走り抜け、GK曽ケ端の鼻先まで猛然と迫る。そして苦し紛れのクリアを強いて、味方のボール奪取につなげた。

 プレータイム90分を過ぎてなお重ねる、50メートルのスプリント走。鬼気迫るハードワークを、試合終了の笛を聞くまで続けた。

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 「今日負けてしまったら、上を追っていくのは相当難しくなると思っていた」

 試合後の取材エリア。柏木はそう吐露した。

 脳裏に残るのは6月11日、第1ステージの同カード。浦和はホームで鹿島に0-2と完敗した。

 チームはそこから泥沼の3連敗。最終節を待たずにステージ優勝を決められる立場から、広島相手の敗戦後には選手がスタンドから水をかけられるという「どん底」まで転がり落ちた。

 その後直近のリーグ6戦を5勝1分けと、チームは何とか立ち直った。しかし再び鹿島に負ければ、前回以上の精神的ダメージをこうむることは必至だった。

 そうなれば第2ステージ優勝も、年間勝ち点上位でのJリーグチャンピオンシップ(CS)進出も難しくなる。仮に何とかCSに進出しても、完全な苦手意識を持ったまま、鹿島と再戦する形になる。

 だからこそ、柏木は死に物狂いで走った。そして実はもうひとつ、必死に戦う理由があった。

 懸命にプレーする姿を見せることで、訴えたい「考え」があったのだ。

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 前節、ホーム大宮戦。相手のモチベーションは高く、規律も運動量も出色だった。お互い激しく攻め合った一戦は、2-2というある意味フェアな結果に終わった。

 直前まで、チーム10年ぶりにリーグ戦で5連勝していたこともある。負けずに鹿島戦につなげたのは、決して悪くない。柏木はそう思っていた。

 しかしあいさつのため、ホーム側のゴール裏スタンドに赴いた柏木とチームメートたちは、すさまじいブーイングにさらされた。

 サポーターは、ホームでのさいたまダービーで勝てなかったチームに、怒りをぶつけていた。聞き流せない罵声もまじっていた。柏木は天を仰いだ。

 なぜ、最大の味方であるはずのサポーターが、6戦負けなしのいい流れを断ち切ろうとするのか。なぜ、次の鹿島戦へ向け、背中を押してくれないのか。みんな、年間優勝したいわけじゃないのか-。

 試合後、柏木は取材エリアで、意を決したように言及した。

 「ブーイングは納得いかん。確かに勝ちたい試合やった。でもみんな本当にファイトしていた。しかも5連勝してきて、今日だって負けたわけじゃない。3連敗したら、ブーイングされるのも当然。受け止めます。今日はちゃうと思う」

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 このコメントは一部報道で世間へと広まった。「柏木はダービーのなんたるかがまるで分かってない」。そんな反応が起きた。

 柏木は意に介さなかった。「オレがたたかれるのなんて、まったく構わん。こういうのも分かってて言ったから」。そして黙々と、大事な週末への準備を進めていた。

 鹿島戦。柏木は周囲を厳しく叱咤(しった)し、鼓舞していた。今季リーグ戦初先発のMF高木には「もっと守備に走れ!」「パスを引き出す動きが単調やぞ!」と語気を荒らげた。

 「フル出場ちゃうんやし、ぶっ倒れるくらいの勢いで走らんとあかん。どこのチームに行っても通用せえへん」。厳しすぎるようにも聞こえるが「同じ目的のために、一緒に戦っているから当然」と言う。

 「言うだけじゃ分かってくれへんところもある。そこは実際にやってみせるしかない。だから今日だって、誰よりも走らなアカンと思ってた。同じ選手やし、それが一番」

 一緒に戦う。それはサポーターに対して、最も訴えたいことでもある。

 「さいたまダービーは、選手お構いなしにサポーター同士だけで戦っているようにしか、オレには見えへんかった」

 相手サポーターへの耳を疑うような罵詈(ばり)雑言が、会場で飛び交っていたことも伝え聞いている。

 その戦いは、何のための戦いなのか。サッカー以前のライバル関係が、浦和と大宮にあるのも承知している。しかしそれにしても、あまりにも選手を置き去りにしすぎではないか。

 同じ目標へ向け、選手を後押ししてくれるからこそ、ファンとは言わず「サポーター」と言うのではないか。

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 鹿島戦終了後。柏木は選手たちの先頭を歩き、スタンドに向けて両手を広げ「どうだ」とアピールした。

 これが、オレたちの戦いだ。「正直、今日のうちのプレー内容は本当に良くなかった」。しかし、鹿島は何としても勝っておかないといけない相手だった。だから死に物狂いで走り、戦い、白星をもぎ取った。

 チームは変わりつつある。第2ステージに入ると、GK西川が起点の攻撃の組み立てを、前線からのプレスで寸断する「浦和対策」を各クラブ徹底してきた。

 思うような戦いができない中で、選手たちは試合中に声を掛け合い、リスク管理重視と割り切るやり方を併用するようになった。

 自陣からパスがつなげなければ、ムリをせずに前線やスペースに大きく蹴る。ボール再奪取を繰り返して相手を敵陣に押し込む「ミシャ・プレス」が機能しなければ、いったん自陣で守備ブロックを固めてやり過ごす。そうやって我慢して、勝機を待つ。

 もちろん、理想を捨てたわけではない。柏木も「もっとパスをつなぎたい」と試合のたびに反省する。大宮戦のハーフタイムには、守備ラインの高さ設定をめぐり、柏木と槙野がロッカールームで激しい口論になる一幕もあった。

 ストレスも抱え、悩みながらも、何とか理想と現実の折り合いをつける。そうしてチームは「負けない強さ」を手に入れ始めた。

 柏木個人も変わった。数年前までは、寝起きで練習場に現れ、準備もそこそこに全体練習に加わることもあった。今は違う。

 2時間前にクラブハウスに入り、ヨガなどで入念に身体を温める。そしてしっかりと筋トレも行う。

 酒もめったに飲まなくなった。外食も減らした。新妻の渚さんの全面協力で、バランスのとれた食事を毎日摂っている。

 すべては、勝つため。毎年、手が届きそうで届かずに来た、悲願の年間優勝を果たすためだ。

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 思うままを語るのには、覚悟がいる。ブーイングに不満を感じた選手は、おそらく他にもいる。だが、ここまではっきりと口にしたのは、柏木だけだ。

 批判にさらされるのが分かっていて、なぜ公の場で話すのか。そう聞くと柏木は「誰かが言わんと、何も変わらんから」と言った。

 柏木は試合後にDF槙野のブログにアップされた動画でも、あえて「見たか、サポーター」と挑発するように言っている。

 オレたちは変わる。前に進む。目線を上げる。年間優勝するために。

 さあ、サポーターのみんなはどうする?

 柏木はサポーターに、そう問い掛けている。

 内容や真意以前に、歯に衣(きぬ)着せぬもの言い自体が、批判の材料にされるかもしれない。しかしそれも「一緒に戦う」べき相手と思うからだ。語気荒く、高木を叱咤したように。

 中盤の底から鋭く打ち込むクサビのパスのように、柏木は浦和の選手とサポーターとの関係に、かつてない一石を投じた。

 長年、表向きはおだやかだった水面に、見たこともない波紋が生じるだろう。それも分かって投じる。

 「勝つためには、きっとみんなが変わらんといかん」。決然と言い残し、柏木はカシマサッカースタジアムをあとにした。【塩畑大輔】