偶然ではない。狙い通りのアシストだった。

 前半8分。浦和GK西川周作(30)はDFラインから戻ってきたパスを受けると、2タッチしてゆっくりと間をつくってから、一転して前線へロングパスを送った。

 前線でMF関根が右サイドから中央へ流れながら、相手最終ライン裏を狙っているのを、はっきりと視野にとらえていた。飛び出してきた相手GKの前でワンバウンドしたボールを、パンチングよりも一瞬早く、関根が頭でとらえた。シュートはゆっくりと、無人のゴールに転がり込んでいった。

 この時、すでに西川は、センターライン付近を敵陣に向かって走っていた。「決まりそうなのが分かったので」。両手を天に向けて突き上げながら、約80メートルを駆け上がり、関根に抱きついた。「ありがとう! ホントありがとう!」。小柄な後輩の肩を揺さぶるようにして、何度も言った。

 GKのロングフィードが、点に結び付いてしまうことは珍しいが、ないことではない。J1史上17人目、26例目(日刊スポーツ調べ)。しかし、早々にゴールを確信して走りだしていたことからも分かるように、西川は明確な意図を持っていた。

 試合後、守護神は「アシストの可能性が高い状況というのはめったにないので、狙っていました」と言い切った。湘南の最終ラインは、J1クラブの中でも特に高い。だからこそ、その後方を狙える。実は、3月にアウェーで対戦した際にも同様の形で、関根の決定機を演出していた。

 それもあり、試合前のロッカールームで西川はペトロビッチ監督と「今日はアシストを狙える」とうなずき合っていたという。特に関根が狙い目だということでも、意見は一致。本人と、左サイドMFの宇賀神には「相手のサイドハーフが食い付いてきたら、その裏を狙うから」と意図を伝えていた。

 この日の特殊なピッチコンディションも、逆手にとった。埼玉スタジアムの寒地型の芝は、湿度の高さによって健康状態が悪化することがある。そのため夏場に入ると、ピッチへの散水を極力避けなければならなくなる。普段のようなボールが芝の上を走っていく感触が消え、芝の抵抗を受けてパススピードが落ちる。

 「それも利用しようと思いました」と西川。強めにカット回転をかけたフィードは、ピッチの摩擦係数の高さもあって、1バウンド目でギュッとバックスピンがかかった。飛び出してきたGKから、ボールが遠ざかるような形になり、小柄な関根でもヘディングシュートが可能になった。

 この点については“予行演習”も万全だった。前日の練習。さいたま市大原サッカー場のピッチには水が撒かれず、芝も刈り込まれていなかった。選手たちはすぐに、湘南戦のピッチ状態を想定したスタッフのはからいだと気づいた。西川も練習の中で、スピンが効いて止まるフィードを試すことができていた。

 GKだからこそ分かる「GKの泣きどころ」も突いた。ロングボールを送る直前、西川は1タッチ、2タッチしながら、位置を左前方へと移していた。関根の飛び出しにタイミングを合わせる狙いもあったが、実は相手GKの真っ正面に動いていた。

 「GKにとって、真っ正面からのロングボールは、飛び出しにくいものです。横からや、斜めからのボールと違って、距離感をつかむのがとても難しい。アウェーの会場で、キックオフから間もなかったから、余計に距離感はつかみにくかったと思う」。

 キックオフ前のウオームアップ中から浦和の選手たちは、湘南のGK陣が重い芝に弾むボールを扱いにくそうにしていたのを、抜け目なく観察してもいた。こうしたいくつもの計算が、アシストの裏にはあった。

 西川は「監督が一番喜んでくれているかもしれない」と笑顔をみせた。ペトロビッチ監督はGKに、攻撃の起点になるよう求めてきた。特に、足元の技術と左足キックの精度がフィールド選手並みの西川には「前に出てボールを受けて、アシストを狙え」と重ねて要求してきた。

 「広島時代もそうですけど、監督が自分のプレーの幅を広げてくれました。僕らが考えつかないようなことを提案してくれたり、サッカーの引き出しがすごく多い。試合前にも今日は狙えと言われていたし、いつも一緒に狙ってきたことが結果になって表れて、僕もすごくうれしいです」

 一通り喜びをかみしめると、西川は「ようやく形になったので、これからですね」と表情を引き締めた。アシストを記録したことで、これまで以上に左足から繰り出すパスは警戒されることになる。

 しかしどこかを警戒すれば、どこかのマークは手薄になる。「裏を警戒してくれれば、自陣からつないでいくウチ本来のスタイルでやりやすくなる」と西川はうなずく。第2ステージに入り、相手チームは2トップで前線からプレスをかけ、浦和の自陣からのつなぎを寸断してきた。

 背後を警戒させ、守備ラインを下げさせれば、この“浦和対策”を徹底するのは難しくなる。9戦無敗を続けながらも、前線からの相手の圧力に手を焼く時間帯が増えていただけに、西川のアシストがもたらす波及効果は、チームにとって非常に大きなものだ。

 「アシストをしたら、後はゴールですかね。サッカーは奥が深い」。西川はそう冗談めかしてみせた。GKはマッチアップする相手がいない。だからこそ、左足キックを自在に操る守護神は、相手にとって対応が難しい脅威の存在になる。

 西川の初アシスト記録で、ペトロビッチ監督が掲げる全員攻撃サッカーは、また一歩完成に近づいた。年間首位を走る川崎Fに、結果と内容でじわりと圧力をかける。【塩畑大輔】