ボールに触らずして“活路”を開いた。
後半5分。浦和MF柏木陽介(28)は敵陣ペナルティーエリア左角のやや外側で、MF高木からの縦パスを受けた。
足元にボールを収めると、一瞬タメをつくって、前方に走るMF高木にスルーパス。折り返しをFW興梠が押し込み、チーム2点目を挙げた。
ゴールの興梠、アシストの高木がともに、背番号10を指さした。司令塔が喜びの輪の中心に呼び込まれたのには、理由があった。
興梠は「自分のゴールというよりは、その前の崩しが完璧」と振り返る。DF3人の間を通した、柏木のスルーパスの場面だ。
柏木は高木からの縦パスを受けると、足元にボールを置いた状態で、左サイドに張るMF関根に目線を送った。そしてその方向にパスを出すように、クッと腰を入れた。
それも一瞬。次にはドリブルでボールを運ぶような構えもみせた。さらには右前方、ゴール前の興梠にパスを送るような向きに、素早く腰を切った。
この間1秒足らず。柏木は「ボールに触らずに、3人の目を違う方向に向けさせられた」とうなずく。
目の前に、前方へ走る高木へのコースが開けた。軽くボールを引き寄せ、パスを通す。実にシンプルな、左足インサイドパスで十分だった。
「落ち着いて、感覚を研ぎ澄ませた。最初は慎三のところと思ったけど、トシがうまく動いてくれていた。今日はホンマ、コンマ何秒のところで、全部の駆け引きに勝てていた」
◇ ◇
一瞬の判断が、さえにさえた週末。だが今週の柏木は、懸命にもがいていた。
3-1で勝った、前節東京戦直後のオフ。柏木は周囲をゴルフに誘った。
森脇は「あいつから誘ってくることなんか、ほとんどない。本当に珍しい」と証言する。
「きっと何か思うところがあったりとか、気持ちを切り替えたいとかがあるんじゃないですかね」
今月初旬。日本代表の合宿に参加している最中に、左内転筋を痛めた。
司令塔としての活躍が期待されたW杯予選2試合にも、まったく出場できなかった。チームに帰ってきた後も、コンディションはすぐには上がらなかった。
ケガをするまでは、運動量は圧倒的だった。攻守の早い切り替え、鋭い出足でボールを奪い返す様は、猟犬を思わせるほどだった。
だからこそ、チームを連勝させてはいても、思うように走れないジレンマがあった。
所属の浦和では、悲願のタイトルへ、リーグ終盤戦に突入する。
日本代表では、ケガで欠場の失地を回復するべく、巻き返しが必要になる。
柏木にとって、これからは正念場になる。早く本来のコンディションを取り戻さんと-。そんな思いから、チームの全体練習後、毎日居残りでランニングを続けた。
広島戦直前は、毎日のように雨が降った。それでもぬれることをいとわず、黙々と走った。それが終わると、体幹トレーニングをした。地味な動きを、淡々と繰り返した。
21日には、練習後に国立スポーツ科学センターにも向かった。肉体のコンディションを数値化し、確認するためだった。
先月下旬から続く「断酒」も、この週でちょうど1カ月に達した。
「目の前の試合を勝っていくことだけを考えたら、オフ前に飲んで、気分転換するのが一番。今でもそう思っとるよ。ほんまストレスたまるわ」。
そう苦笑いしながら、ノンアルコールビールで乾杯する。酒を飲む代わりに、森脇をゴルフに誘って気分転換する。それは目の前の試合を勝つだけでなく、高みを見据えるからこそだ。
浦和に今年こそ、タイトルをもたらす。
代表のレギュラーとして、W杯予選を突破する。
◇ ◇
「今日はプレーはよかったよ。でもコンディションは、まだケガする前よりええとは思わん」
快勝にも、柏木はそう断言した。
後半ロスタイム3分。カウンター攻撃の場面で、50メートルを一気に駆け上がった。
狙い澄ましたシュートこそゴール右に外れたが、蒸し暑さに多くの選手が苦しむ中、最後まで運動量を落とさなかった。
それでも柏木は「疲れてしっかりボールを蹴れないようでは一流ちゃうから」と首を振る。
ケガをする以前は、本当に今よりも走れていたのか。もはやそこには、さほど意味はない。
柏木の目指すレベルは、ケガをする以前よりも、さらに高まっているからだ。
「もっとプレッシャーがかかるところで、どんどんオレにボールを預けてほしい。世界のトップ選手はそれをこなしているわけだし、オレもそうやって自分を高めていきたい」
そう話すようにもなった。まずはリーグ優勝争いのプレッシャーの中で、自分の力を自分に問う。激しい戦いに身を投じてこそ“活路”は開ける。【塩畑大輔】