横浜がセルティックMF中村俊輔の09年1月移籍を断念した。横浜が俊輔獲得に乗り出して以降の経過はこちら。
◆07年12月末
横浜が08年7月の中村獲得を目指し、資金として10億円を用意していることが判明した。
◆07年12月29日
日本代表の岡田監督が中村のJ復帰を熱望。横浜の中村獲得の動きを知って「帰ってきてくれれば、オレにとっては本当にうれしいよね」とコメント。
◆07年12月31日
中村が将来的な横浜復帰を初めて明言。「いつかマリノスでやりたい。引退前の1年だけ(の復帰)はしたくない」と話す。
◆08年4月21日
横浜の斎藤正治社長と木村浩吉GM(現監督)が、09年1月の獲得へ向け、セルティックを訪問。同社長は「来年1月の獲得が現実的」と明言。
◆08年9月14日
スコットランド各紙が「中村が1月に日本に戻る」と報じる。セルティックのローウェルCEOは「今季いっぱいプレーしてもらう」と1月の移籍を望まない考えを示す。
◆08年10月28日
セルティックのチームメートDFヒンケルが「中村が残ってくれることを祈っている」とコメント。
◆08年11月30日
セルティックのローウェルCEOが「中村は1月にクラブを離れないと思う。私もそれを望んでいる」と中村の09年1月移籍に否定的見解示す。
◆08年12月6日
横浜斎藤社長が中村の来年1月の獲得を断念することを表明。