男子100メートル決勝でケンブリッジ飛鳥(23=ドーム)が初優勝し、リオデジャネイロ五輪出場を内定させた。向かい風0・3メートルの条件下で10秒16。レース後半の強さに定評がある山県亮太(24=セイコーホールディングス)を伸びで上回り、0秒01差でかわした。桐生祥秀(20=東洋大)と山県の2強に風穴をあけ、日本人初の9秒台にも夢が広がった。

 出遅れた。頭を上げると左前方には山県。だが、ケンブリッジは「思ったより離れていない」と自分の走りを徹底した。トップスピードに入る50メートルで「この距離なら行けるかな」。打ちつける雨に負けずギアを上げると、後半の強さに定評がある山県の背中が近づいた。「ガッツポーズをしたかったけれど、確信がなくて…」。間に合った。0秒01差の優勝にどよめく会場をよそに、しばらくリアクションが取れなかった。

 話題性では山県と桐生が先を行っていた。だが、自分を持つ23歳はぶれない。「あんまり気にせず、勝つことだけを考えました」。冷静な口調の裏で、ほんの少し自らを奮い立たせた。5レーンに入ると左に山県、右に桐生。「2人に(スタートで先に)行かれた後、真ん中をぶち抜こう」。レース前にはコンビニに立ち寄り、決まってバナナと水を購入する。ルーティンにこだわる男は、簡単には周囲に振り回されない。

 父の母国ジャマイカで生まれ、2歳で大阪に移住。14年に陸上選手として再びジャマイカに渡った。さすがのケンブリッジも「『細っちいな』と言われて…」と陸上王国の洗礼に苦笑い。昨年は左太もも裏の故障に苦しんだが、これを機にウエートトレーニングを重視した。今年1月からの半年で体重が5キロ増。体脂肪率は驚異の4%を記録する。陣営が掲げる「東京五輪での9秒80切り」を右肩上がりの成長で追う毎日だ。

 初の五輪ではジャマイカの英雄ウサイン・ボルトとの直接対決にも夢が広がる。「世界の選手の走りを体感して、得られるものがあればいい。(ボルトとも)走れるといいですね」。日本人初の9秒台を達成すれば、所属先のドームから1億円の報奨金が出る。大きなニンジンにも「レースになると忘れています」と笑う姿が頼もしい。2強を崩した力を、世界に見せる時がやってくる。【松本航】

 ◆ケンブリッジ飛鳥(あすか)1993年(平5)5月31日、ジャマイカ生まれ。2歳で大阪に移住。小学校はサッカーで中学校から陸上を始める。東京高、日大を経て今春からドームに入社。13年東アジア大会の男子200メートル優勝。自己ベストは100メートルは10秒10、200メートルは20秒62。家族は両親と妹。180センチ、76・5キロ。

 ◆リオデジャネイロ五輪の陸上日本代表選考基準 日本陸連が定めた派遣設定記録の突破者で日本選手権8位以内の最上位と、国際陸連が設けた参加標準記録の到達者が日本選手権で優勝すれば、代表選出が決まる。日本選手権で派遣設定突破者は8位以内、参加標準到達者は3位以内で代表入りに前進する。男女5000メートル、1万メートルを除き、ゴールデングランプリ川崎、日本グランプリシリーズで日本勢トップになった参加標準突破者は日本選手権に出場した時点で選考対象となる。