<大相撲夏場所>◇14日目◇25日◇東京・両国国技館

 あと、わずかだった。35年ぶりの14日目での全勝対決で、大関稀勢の里(26=鳴戸)は横綱白鵬(28)にすくい投げで敗れた。これで自力優勝の可能性は消滅。千秋楽で大関琴奨菊に勝って、白鵬が横綱日馬富士に敗れれば決定戦にもつれ込む。北の湖理事長(元横綱)は名古屋場所(7月7日初日、愛知県体育館)が綱とり場所となることを明言した。あらゆる望みをつなぐためにも、最後の一番に全精力をそそぐ。

 見たくない景色だった。だが、見えてしまった。その目に映り込んだのは、土俵の真上にあるつり屋根。頭と背中にべっとりと砂をつけ、稀勢の里は土俵中央であおむけのまま天井を見上げていた。力を出し尽くした。だから負けた瞬間、力が抜けた。体は大の字になっていた。「負けは負けですから。仕方ない」。深いため息の中で首を振り、何度も下唇をかみしめた。

 35年ぶりとなった14日目での全勝対決。国技館内は異様な雰囲気に包まれた。満員札止め。相撲協会職員は持ち場を離れ、帰り際の関取衆も足を止めて見入った。勝てば初優勝をぐっと引き寄せる一番。今までと違う空気が、自然と気持ちをはやらせた。仕切りでなかなか手をつかない白鵬に、その間を嫌って1度、立ち上がった。「どこかに焦りもあったんですかね」。

 2度目の立ち合いで、相手に変化気味に動かれた。足はついていったが、もろ差しになりきれない。素早く右上手を引くも、両まわしを奪われた。こらえて前に出かけたが、最後は白鵬の揺さぶりに左足が流れた。「負けは負けです。内容が良くても…」と悔しさを押し殺した。

 昨年春場所に勝って以来、負けが続く白鵬戦。取組前、その一番一番を思い出していた。「(今までの相撲は)参考になることはなる。今場所に限ったことでなく、毎場所やるわけですから」。自身の部屋のブルーレイには、昔からの取組が残されたまま。10年九州場所で63連勝を止めたことより「負け」こそ最大の教材だった。最善を尽くした。だが、手に汗握る決戦は、わずかに及ばなかった。

 自力優勝は失われた。ただ、06年初場所の栃東以来、43場所ぶりとなる日本出身力士の優勝へ、かすかな望みは残されている。琴奨菊に勝ち、白鵬が敗れれば優勝決定戦に回れる。さらに、北の湖理事長が名古屋場所での「綱とり」を明言した。13勝で終わるのか、14勝まで伸ばすのかでは、重みが大きく違ってくる。

 理事長の言葉を聞かされると、こう答えた。「明日いい相撲を取って終われるように一生懸命やる。目の前の相撲に勝つことが一番。その積み重ねだと思う。今はまだ…」。気持ちは切っていない。勝たねばならぬ相撲が、稀勢の里にはまだ残っている。【今村健人】