「開幕2018 群像」と題し、プロ野球遊軍記者が3月30日をルポする。ハレの日として迎える選手もいれば、雌伏の時をかみしめ、捲土(けんど)重来を期す選手もいる。普通なようで、でもやっぱり特別な1日を時系列で追う。

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 昨年の12月31日、都内で自主トレをする上原浩治を取材した。「31日も練習するし、1日も練習する。『よいお年を』とか『明けましておめでとう』とかいう感覚が、もう何年もないんだ」。

 その陸上競技場は住宅街の中にあり、周辺はひっそりとしていた。上原にとって普通でも、大みそかは新年の準備をしながら静かに行く年を過ごす人がほとんど。練習場の確保からして簡単ではない。

 ランニングをとりわけ重視する上原にとって、トラックを備えていることは練習場の条件として重要だった。1時間ほど走ってから、フィールドでキャッチボールをした。いつの間にか1人の小柄な老人がトラックの中にいた。70代だろうか。徐々にスピードを上げ、最後はかなりのスピードになった。

 走り終えた白髪の紳士は、上原と入れ替わりでフィールドへと向かった。締まった体つきから、鍛え上げていることはすぐ分かった。右手にやり投げのやりを持っていた。

 ウエート室に向かうタイミングですれ違うと、上原は「こんにちは。すいません。お借りしています」と丁寧に頭を下げた。「あの方は学生時代、かなりの選手だったそうだ。今でも、ああやって練習してるんだって。すごいよな」。陸上競技場を所有する学校のOBで、1日も欠かさずトレーニングしているという。施設が開いているのも納得がいった。

 小雪の舞う曇天。コンクリート造りの薄暗いウエート室に光はなく、芯から冷えた。上原は汗びっしょりで、こまめに着替えながら黙々とウエートをしていた。

 合間にポツポツと話した。「この後、何をして1年を終えるか」という、至極どうでもいい雑談になった。「みんなで飯を食う。テレビは見るか。ダウンタウンやろ」。関西出身、根が明るい。

 「あ、でも」と大きな目を開いた。「紅白の安室ちゃんだけは、絶対に見る。安室奈美恵の引退やで。最後はしっかり見ないと」。娯楽にほとんど興味がない人。「なぜ?」と尋ねた。

 「あれだけ長いことトップ居続けた人の、最後の紅白やで。それにしても何で引退するんだろ。まだまだ、やれそうだけど」

 「安室ちゃんにしか分からない考えがあるんでしょうねぇ。でも、当たり前にいた人がいなくなったりすると、妙に寂しくなりますからね」

 「そうだよな」

 会話の先には、やりを投げては取りに行くを繰り返す老人がいた。普通では考えられない距離を投げていた。

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 東京ドームで開幕を迎えたのは08年以来だ。午後1時45分、投手の集合に合わせてグラウンドに出てきた。坂本勇と丁寧に握手して健闘を誓い合い、年下の投手陣と会話に努め、落ち着いて滑り出した。「似合う? どうかな?」。ユニホームに違和感はない。当たり前だけど。

 実力、底力、迫力、魅力。当たり前が持つ力をたくさん見せてくれるはず。巨人には揚力を。上原が戻ってきて良かった。(敬称略)【宮下敬至】

 ◆宮下敬至(みやした・たかし)99年入社。04年の秋から野球部。担当歴は横浜(現DeNA)-巨人-楽天-巨人。16年から遊軍。

巨人対阪神 開幕戦セレモニー
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