日刊スポーツで阪神を中心にプロ野球担当15年目を迎える遊軍・佐井陽介記者が今春、少し角度を変えたコラムを随時掲載します。第1回は阪神藤浪晋太郎投手(26)の隠れた武器に注目。セ・リーグのDH制導入が見送られたからこそ発揮できる能力とは?


距離。姿勢。迫力。阪神藤浪晋太郎のベースランニングを見る度、3つの言葉を思い出す。

身長197センチ。長い手足を生かした大きなストライドが沖縄・宜野座の快晴に映える。勢いよくスタートを切る。全力疾走のままベースを蹴る。スピードを保ったまま強く滑り込む。普段は見過ごしがちな背番号19の武器を再確認する季節が今年もやってきた。

17日前の1月19日、巨人が提案していたセ・リーグDH制導入が同リーグ理事会で否決された。その賛否はさておき、これで投手は21年もシーズン開幕に向けて打者、走者としての準備も必要となった。

虎の1軍キャンプでは例年通り、キャンプ初日から投手も参加した走塁練習がメニューに組み込まれていた。もちろん、藤浪も参加者の1人。外野守備走塁兼分析担当の筒井壮コーチは「藤浪は速い。速いし、意欲も高い。オーバーランなんかも野手並みです」とうれしそうに目を細めた。

阪神は元々、走塁に意識が高いチームの1つだ。走力も重視する矢野監督のもと、19年のチーム100盗塁はセ・リーグで断トツ。20年の80盗塁もリーグ1位タイの数字で、盗塁者数23人は他球団の追随を許さなかった。

昨季はジャスティン・ボーアもジェフリー・マルテも走った。そんなチームなのだから当然、投手の走塁に対する要求水準も高くなる。筒井コーチは言う。「基本、投手にもリードを大きく取ってもらっています。ベースターンも練習してもらいます」。ハイレベルな環境でも、藤浪の走力は際立っているのだという。

「距離、姿勢、迫力。もう癖ですね」

数年前、何げない走塁談議に花が咲いた時、藤浪はそう照れ笑いしていた。「常に次の塁を狙う。低い体勢で次の塁への距離を詰めて、守備陣にプレッシャーをかける。大阪桐蔭時代からの教えです」。俊足に甘えない向上心は高校時代から不変、ということだ。

キャンプ2日目、藤浪は日が暮れた午後6時30分にようやく練習を終えた後、静かに覚悟を言葉にしている。

「藤浪が投げる日に野球を見に行きたいと言ってもらえるような、そういう選手になりたい」

今季は先発で完全復活を期す。もちろん、打席に立つ機会も増える。投げる、守る、打つ、そして走る。分業制が定着しつつある時代だけれど、野球の魅力をたった1人で体現できるヒーロー候補には、ついつい多くを期待してしまう。【佐井陽介】


◆佐井陽介(さい・ようすけ)兵庫県生まれの37歳。06年入社。07年から計11年間の阪神担当を経て19年から遊軍。14年は広島担当。13年WBC、19年秋プレミア12などの侍ジャパン取材、大リーグ取材も経験。

矢野燿大監督(右)が見守る中、走塁練習をする藤浪晋太郎(撮影・上田博志)
矢野燿大監督(右)が見守る中、走塁練習をする藤浪晋太郎(撮影・上田博志)
走塁練習をする藤浪晋太郎(撮影・上田博志)
走塁練習をする藤浪晋太郎(撮影・上田博志)
走塁練習をする藤浪晋太郎(撮影・上田博志)
走塁練習をする藤浪晋太郎(撮影・上田博志)