令和版「宿命の対決」となりそうな、ヤクルト-オリックスの日本シリーズが始まった。

前年に続いての対戦で、新元号になって2度目だ。過去3度とも、ヤクルトが日本一の座についている。初の顔合わせは、オリックスがまだ阪急と名乗っていた1978年(昭53)に実現した。常勝を誇っていた阪急にあって、なんとも人間らしい心理ドラマが展開されたシリーズでもあった。

この年の日本シリーズ第4戦は10月18日、阪急の本拠地の兵庫・西宮球場で行われた。前年まで日本シリーズ3連覇の阪急に対し、初優勝のヤクルトが挑む。下馬評は圧倒的に阪急有利だった。実際に阪急2勝1敗で、4戦目を迎えた。9回に入り、阪急が5-4でリード。パ王者の日本一王手は、もう目の前だった。

阪急先発は今井雄太郎だ。9回1死からヤクルト水谷新太郎に中前打されたが、捕手の中沢伸二が二盗を刺し2死に。代打の伊勢孝夫に遊撃内野安打されたところで、マウンドに阪急ナインが集まった。ブルペンでは、この年18勝4敗の大エース山田久志が万全に仕上がっていた。

捕手の中沢は、この年の今井と偉業を成し遂げた仲だ。8月31日のロッテ戦(仙台)で、昭和最後の完全試合を達成。山田は30歳の働き盛りとはいえ、翌日第5戦の先発予定である。マウンドに来た上田利治監督に中沢は、今井の愛称を使い

「雄ちゃんでいきましょう」

と続投を頼んだ。上田監督も

「ここで雄ちゃんが抑えれば、さらに自信を深めてくれるやろ」

との期待も込め、交代を告げずにベンチへと下がった。

打者はこの年ヤクルトに加わり、打線をけん引したヒルトンだ。外角への変化球は、いい角度で落ちてきた。ところが…。右打席で体を「く」の字に折って構える特殊なフォームの助っ人は、これにバットが届いた。左翼席への逆転2ラン。阪急はこのまま敗れ、2勝2敗のタイとなった。

シリーズはこの後、3勝3敗で迎えた第7戦をヤクルトが制し、阪急は日本シリーズ4連覇を逃した。同戦では6回、ヤクルト大杉勝男の左翼ポール際の本塁打に対し、上田監督が1時間19分の猛抗議。この疑惑の判定が、勝敗を分けたとよく語られる。

だが中沢は後年、ヒルトンに打たれた逆転2ランこそが分岐点だったと語っていた。

「あの年パーフェクトゲームをやった、雄ちゃんがマウンドにいました。次の日の先発する山田を引っ張り出すより『雄ちゃんで、きれいに終わりたい』と思ったんです。ヒルトンに打たれた球は、ほかのバッター相手なら打ち取っていました。でも極端に体を折り曲げる彼だからこそ、手が届いてしまった。山田が投げていたら、たぶん抑えていたと思いますよ」

阪急はこの後84年に最後のリーグ優勝を果たしたが、日本シリーズでは広島に敗れた。阪急としては2度と日本一になれぬまま、球団はオリックスへと売却された。

勝負事に「もし」は禁句ではある。だが第4戦で仮に今井から山田の継投が行われていれば…。打者が変則フォームのヒルトンではなく、他の打者だったら…。阪急が勝ち3勝1敗となっていた可能性は高い。球史に残る第7戦の猛抗議もなく、王者阪急は日本シリーズ4連覇を成し遂げていたかもしれない。

ほんの一瞬で、短期決戦の流れは一変する。日本シリーズのだいご味である。今年の対決も両軍が持ち味を発揮し、見応えのある試合が続く。激闘の陰で、どんな心理ドラマが展開されるのだろう。

【記録室 高野勲】(スカイA「虎ヲタ」出演中。今年3月のテレビ東京系「なんでもクイズスタジアム プロ野球王決定戦」準優勝)

78年10月、阪急との日本シリーズ第4戦で9回表に決勝2点本塁打を放ったヤクルト・ヒルトン
78年10月、阪急との日本シリーズ第4戦で9回表に決勝2点本塁打を放ったヤクルト・ヒルトン