夜10時30分すぎ、北九州モノレールの香春口三萩野駅は、ソフトバンクファンであふれた。つい1時間前に連勝に成功した西武ファンの、上機嫌な「チャンステーマ4」の口笛も、少しばかり肩身狭そうに響く。1人の男性が、エレベーターで「よっこいしょ」と運んできた。大太鼓を台車(?)で運んでいる。

西武の私設応援団の男性だ。モノレールでたまたま隣に立った。お互い汗がひかないけれど、記者証を見せる。「私、ライオンズの取材を担当しているものなのですが…」。

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記者席を飛び出し、西武の試合中に球場のあちこちを歩くようになった。きっかけは6月14日、東京ドームでの巨人戦だ。左翼席から、特定の選手への「働け」コールが起きた。

すぐにツイッター上で話題になった。トレンド入りもした。でも、ネット上の盛り上がりを記事にすることに抵抗があった。野球の取材現場にいられる資格をもらっているのに、いわゆる「コタツ記事」なんて書きたくない。

ネットメディアがすぐに現象を取り上げる中、ひとまず私は左翼席へ向かった。その選手の次の打席、西武ファンはどんな反応をするか。コールは応援団がリードしている。彼らの表情を見た。笑ってなどいない。必死だ。必死に応援をリードしようとした。

「働け」にはネット上で賛否両論、というか批判の方が多かった。でも決して、ただの悪ふざけじゃない-。そう感じさせる、必死の表情だった。その選手は凡退した。同じ背番号のユニホームを着たファンが、何やら大声でやじを飛ばした。皆、必死だ。

その後、特に遠征先では西武応援席の後ろで立つ時間を作るようにした。いつもと違う視点で野球を見たいのもあるし、最下位に沈むチームへの“熱量”を、しっかりと生で体感したい思いがあった。首脳陣や選手は一生懸命だし、いろいろあったのに、雰囲気は全くもって悪くない。現場を取材している身として、これは自信をもって言える。

応援席の空気だって全然悪くない。ため息はあっても、ヤジは本当に少ない。

もちろん球場から離れれば思うところも皆、あるだろう。交流戦の広島遠征での夜。西武関係者に教えてもらったお好み焼き店へ行った。さすがの繁盛店、店の外で列に並んだ。1つ前に並んでいたのが西武ファンの男性2人。どぎつすぎる言葉はなくても、チームへの不満をそこそこ大きな声でずっと話していた。

感染対策か、店の入り口は開けたままだ。そして、そこから見知った顔がいくつか出てきた。私が会釈し、手を上げる。実は以前も某都市の飲食店で偶然会った、その選手。「また会いましたね」と笑う。

顔が青くなったのが、私の隣に並んでいたファンだ。選手たちが店を後にしたあと「うわー、やっちゃったー…。最悪だよ、聞こえてたかな…。ファン失格だよ…」。とても後悔している様子だった。

首脳陣も選手も、ファンも、みんな勝ちたい。担当記者だって事象をフラットに報じるべき立場だけれど、選手たちが快く取材に応じてくれた成果は、勝利して明るく世に出したい。みんな、それぞれに思うところはたくさんある。一方でそれぞれに事情もある。負けが込んでも、特定の誰かが悪いような問題では決してない。

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連勝した。勝ったのに、松井稼頭央監督(47)とのやりとりの中で、久しぶりに監督の目の色を変えさせてしまった…ように感じた。こっちも逃げずに目で応じる。本気で仕事しているつもりだから。

それで少しハイになってしまったのだろうか、大太鼓を運ぶ私設応援団の人に、電車内で声をかけた。

「うちも先日、いろいろ問題になっちゃいましたからね…」

申し訳なさそうに、冒頭の「働け」の件を話す。「でもやっぱり、こうやって勝てば、何よりなんですよね」。そう笑い、汗をぬぐう。

試合が終わり、ビジターゆえ狭い西武応援席での“2次会”を終え、必死に、本当に重そうに太鼓を運ぶ。ご自宅を聞いた。北九州市から、かなり遠い場所。たぶん日付が変わってからの帰宅になるのだろう。必死に盛り上げ、必死に明日へ準備する。彼らは無償で活動している。

ツイッターのトレンド入りなんて、あくまでもSNS上の一過性の事象だ。野球の真実や本質はグラウンドに、スタンドに、球場にある。みんな勝ちたい。みんな一生懸命だ。それだけは現場から、自信をもって伝えたい。【西武担当=金子真仁】