希代のスターであると同時に、身近にいる慎ちゃんなんです-。今季限りで引退した巨人阿部慎之助捕手(40)と、グラウンド内外で行動を共にした多くの記者、関係者は感じることがあっただろう。底抜けな陽の空気感と普通っぽさが、サイコ-な魅力でもあると。

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大阪でのナイターでの試合から一夜明け、阿部から「新幹線で一緒に帰りませんか?」と言われたことがある。3時間の移動で時間を持て余すし、雑談相手になってほしいのだろう。隣に座らせてもらった。前夜の感想戦やチームの現状などを聞く。数年来の関係でも、相手が阿部ほどの名選手なら、緊張感は私の中では消えない…はずが、ほどなくして話題が途切れ、間が生まれると睡魔に襲われた。3大欲とはよく言ったもの。「何を話そ…う…か…」

摩天楼が見える。13年オフ。松井秀喜氏との対談に同行し、ニューヨークを訪れた。到着後、最初の昼食。タイムズスクエア周囲のランチに何を食べるのかと思ったら「ラーメン」ののれんをくぐった。「マンハッタンで食べるみそラーメンは、ひと味もふた味も違うなあ」。ステーキもホットドッグもあるじゃない…周囲が心の中で突っ込んでることも知らずに、満足そうに麺をすすっていた。

普通の食を愛する男だ。NY対談ではホテルの豪華な朝食ではなく、グランドセントラル駅で売っている5ドル(約550円)ほどのスープにはまった。一時期、試合前の定番はファストフードの「サブウェイ」。ミスタードーナツの「ポン・デ・リング」にも目がなかった。家が近所だったこともあり「駅前のミスドのポン・デ・リングが売り切れたら、僕が買い占めたと思って下さい」とちゃめっ気たっぷりに笑った。

普通の買い物感覚も印象的だ。革靴は機能性に優れたアシックス社製を愛用。海外に行くと、スポーツ用品店の「スポーツオーソリティー」に行き、海外限定デザインのTシャツなどを買った。満足そうに買い物袋を肩から引っさげる姿があった。

周りが驚くほど、普通に行動する時もあった。後輩記者が目撃した。今春沖縄キャンプで約3年ぶりに捕手として出場する朝、自転車で球場へ向かい、コンビニに立ち寄った。ユニホームのパンツと上着はウエアのいでたち。どこから、どう見ても阿部慎之助だ。店員からも「阿部選手が何でこの格好でいるんだろう?」といぶかしがられたが、カフェオレを買って、久々に捕手として出場する仕事場へと自転車をこいだ。

「…着きましたよ、起きて下さい」。気が付いたら東京だった。何てことはない。最後は降車駅で阿部に起こされた。もちろん業務上は、いいことではない。が、阿部なら隣で寝られる安心感がある。普通さが、ありがたい。こんな包容力で同僚を包み込んでいたのだろう。(つづく)【広重竜太郎】