西武鉄道の駅員は、西武の負けが込んだりすると「『ちゃんとしろ』って、監督に言っといて」といった声をかけられることが珍しくないという。特に沿線住民には、鉄道と球団は同じ「西武」として認識されている証しだろう。

生活に密着した鉄道事業ならでは、と言える。それだけに、あのニュースはファンならずとも、沿線住民に衝撃を与えたはずだ。13年3月26日、球団の親会社である西武ホールディングス(HD)の後藤高志社長(球団オーナー)が会見を開いた。

19年9月、2連覇を達成し胴上げされる西武辻発彦監督
19年9月、2連覇を達成し胴上げされる西武辻発彦監督

「プロ野球は、WBCを見ても、日本のプロスポーツの中でも公共性が非常に高い。多くのファンに支えられており、日本一を目指したい」

2週間前に西武HDの筆頭株主である米投資ファンド、サーベラス・グループが株式の公開買い付け(TOB)を開始していた。西武HDはTOB反対を表明。会見で後藤社長は、サーベラスから届いた手紙に、球団について「将来性・採算性・ならびに戦略的位置付けをしっかり精査。売却の選択肢」と言及されていたことも明かした。

翌27日、サーベラス日本法人の鈴木喜輝社長は「こだわりはない」と、球団売却は求めない考えを示した。不採算路線の廃止とともに、収益向上の検討事項として提示しただけ、とした。結局、TOBはサーベラスが取得上限としていた44・67%に届かず、6月の株主総会でサーベラスが提案した取締役選任案は否決。その後、サーベラスは17年までに西武HDの全株式を売却、撤退した。

ファンからすれば降って湧いたような売却騒動だが、西武HDの姿勢は一貫して「売却しない」だった。今回、西武HDから文書で回答を得た。

所沢駅の商業施設「グランエミオ所沢」のベンチに置かれた球団マスコット「レオ」のぬいぐるみ。西武グループにおけるシナジーの一例と言えそうだ
所沢駅の商業施設「グランエミオ所沢」のベンチに置かれた球団マスコット「レオ」のぬいぐるみ。西武グループにおけるシナジーの一例と言えそうだ

「過去から現在に至るまで、球団の売却を検討したことは1度たりともなく、今後もありません」

では、なぜ球団を保有し続けるのか?

「埼玉西武ライオンズはグループのイメージリーダー、宝物です。日本でプロ野球の球団を持つ企業は12社しかなく、そのメリット、シナジー(相乗効果)は非常に大きい。今後もそれを最大化することで、グループ全体と沿線の価値を上げていくことができると考えています」

直接的な効果としては、観客動員が増えれば鉄道の運賃収入が増える。それだけではない。「ライオンズにいいイメージを持っていただければ、西武グループ全体にもいい影響をもたらす」というイメージ戦略がある。地域、沿線に根ざしたファンの拡大が、グループ全体の価値を上げる。たとえ「しっかりやれ」という叱咤(しった)であっても、駅員が言葉をかけられること自体が、球団を持ち続ける意味を示している。(この項おわり)

【古川真弥】