深呼吸をすると、不織布越しにも木の匂いが届く。鳥のさえずりが聞こえ、心地よい風が肌に触れる。まっすぐと伸びる木々の間、砂利を踏んで進む。埼玉県、奥秩父にある三峯神社。全国から参拝者が訪れる“パワースポット”として知られる。

三峯神社の地図
三峯神社の地図

秩父鉄道の終着駅、三峰口。駅員に切符を渡して、改札を出る。路線バスに揺られて約40分。そこには、言葉を超越した領域がある。三峯神社の歴史は古く、日本武尊(やまとたけるのみこと)が造営したと伝えられている。ホームページには、1枚も写真を掲載せず、すべてイラスト。権禰宜(ごんねぎ)の山中俊宣さん(42)の「実際に、来てみてほしい」という思いが込められている。

いつの時代も「クチコミ」の効果は偉大だ。火事の多かった江戸で「三峯神社のお札を貼っていた家だけ免れた」という話が広まり、全国から信仰が集まった時代もあったという。アクセスがいい、とは決して言えない。参拝客が減った時期があり、ふもとからのロープウエーは07年に廃止になった。しかしフィギュアスケートの浅田舞さん、真央さん姉妹が、テレビで神様のお使いオオカミがデザインされた御守りを紹介。お笑い芸人が売れたきっかけと明かしたことで、ブームとなった。山中さんは「ツールは違うかもしれませんが、広がり方は昔も今も同じだと思います」と話す。特に白い気守りは毎月1日限定だったが、人気が高まりすぎて近隣に迷惑がかかり、数年前から休止が続く。

三峯神社の拝殿(撮影・保坂恭子)
三峯神社の拝殿(撮影・保坂恭子)

楽天涌井秀章投手(34)も、祈願を受ける1人だ。ロッテ時代、秩父出身のチームメート黒沢翔太氏(32=現球団職員)に「今度、行こうと思うんだけど、どう?」と相談。それからは参拝が恒例となり、楽天に移籍した今でも毎年、家族で訪れている。

小さい頃から存在は知っていた黒沢氏も、育成3年目を迎えた13年に初めて訪れた。そしてその年の7月30日に支配下登録。御利益もあったのか「ギリギリでした。他球団(の育成選手)が決まっていく中、諦め半分でした」と振り返る。1度行くと、また訪れる人が多いのも特徴。山中さんは「何度も来ていただける方、ご家族でいらっしゃる方が多いです」と言う。

3つの鳥居がつながる三ツ鳥居を出ると、後ろを振り返り、参道に頭を下げる若者がいた。そうしたくなる空気なのだ。神社のある三峰山とは妙法ケ岳、白岩山、雲取山の3山の総称。県境にそびえる雲取山は、大人気アニメ「鬼滅の刃」の主人公、竈門炭治郎の出身地とされ新たな聖地に。山中さんは「時代とともに信仰の形は変わりますが、根底にある感謝の気持ちや、願いは変わらない」という。いつの時代も、人の思いを受け止めてくれる場所だ。【保坂恭子】

(この項おわり)