第96回選抜高校野球大会(18日~、甲子園)の組み合わせ抽選会が8日、大阪市内で行われた。

メジャーリーグ、プロ野球に負けじと、高校野球の話題も増えていく。そんな球春を前に、私たち報道陣に対して“シン時代”の提唱をする人物がいた。昨夏の甲子園優勝監督、慶応(神奈川)の森林貴彦監督(50)だ。

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1月30日、渋谷の夜はまだ肌寒い。東京運動記者クラブ・アマチュア野球分科会の表彰式に、慶応・森林監督が出席した。分科会賞の受賞スピーチ終盤で、新聞・通信各社の記者たちに提起した。

「メディアの皆さんにお願いしたいのは、まぁ、あの、高校野球にはいろいろな表現があるんですけど、『高校球児』っていう言葉が個人的には嫌いでして。サッカーやラグビーなども同じように球児にしてもらえたらまだいいんですけど、高校野球だけなぜか『球児』という扱いで。文字数とかハマりやすいとかあると思うんですけど、うちとしては高校生はもう十分大人に近くて、自立してもらいたい考えでやっている中で、球児の児は児童の児。そこまで子どもじゃないと思います。そんな表現一つ取っても、高校野球ってどうしてもイメージが固まっている部分があって。守っていくべきものも、変わっていくべきものもあると思いますので、ぜひ皆さまのお力も借りながら、より良い方向に変わっていけるように」

日をあらためて、担任を務める慶応幼稚舎の教壇を終えた“森林先生”に、問題提起の真意を尋ねに行った。

「『高校球児』って完全に子ども扱いを決めつけたような表現ですから。特に野球だけそういう言い方じゃないですか。丸刈り頭や監督との関係性も相まって、作り上げられた上下関係っていうか。『大人と子ども』『従うのが当たり前』みたいな、そういう感じの無言のあれがすごくそこに凝縮されていると思うんです。特にこの数年、ずっと気になってました」

昨夏の甲子園を制した。スター選手や応援などは社会現象にもなった。選手をリスペクトし、上下関係を意識させなかった森林監督の方法論も話題になった。

「僕は監督って地位じゃなく、役割をやらせてもらってるに過ぎないと。飛行機が飛ぶ時は機長は席につくし、客室乗務員の人も、整備する人もいる。チケットを売る人もいて、乗ってくれるお客さんもいて、着く空港側にも受け入れる人がいる。みんな役割がある。僕も監督って役割を頑張るので、君らも選手の役割を頑張ってくださいと。試合出る出ないじゃなくて、うちの野球部員としてしっかりやってくれてればリスペクトします、っていう。リスペクトしてもらえるかどうかはこっち次第。でも少なくともリスペクトされない人に対してはする気にならないと思うので」

高校生に考えさせ、意見を求める。条件を満たせば受け入れるし、断る時も「提案してくれるのはウエルカムだから、またいつでも提案してちょうだい」と話す。絶対に「言わなきゃ良かった」と思わせない。フラットな関係性が大前提の組織を目指している。

なぜ日本の野球は上下関係が色濃いスポーツになったのか。

「戦争を乗り切るために、精神的な修養や鍛錬、身体と心を鍛えて、良き兵隊や良き国民を作る…みたいな論調で野球を扱って、武道にして乗り切った感じはあるんですよね。それが残念ながら令和にもその空気が野球界に残ってしまっているというか」

メディアによる「高校野球=上下関係」の印象づけにも言及する。

「どのスポーツよりもなんかこう、監督!みたいなのをすごく奉るっていうかね。名将!みたいになるし。実際その監督が毎年同じようなチームをちゃんと作ってきて、それはすごいと思いますけどね」

しかし令和の世でも、指導者から生徒へ、先輩から後輩へ、学生野球の現場での暴行事案が消えない。昭和の野球が終わらない。

「人間の悲しい性だと思うんですよね。今そういう指導をしちゃうと、結局30年後に彼らが指導者になった時も同じことを再生産する可能性が上がる。だから今変えないと、止めないとって本当に思います」

だからこそ訴える、高校球児と書かないで-。

「球児って2文字で使いやすい言葉だとは思うんです。ただ無自覚的には使ってほしくないなって」

森林監督は「みんながこっち(の考え)に来てくれとは思わない」としつつ「時代を変えていくのはやっぱり異端の人なわけで」と自身を極端に表現しながら、腹をすえて発信を続けてきた。異端と言いつつ、マイノリティーでなくなりつつあるのも事実だ。

「高校野球をどんどん変えていこうと思っている指導者、僕よりもうちょっと年が若い指導者、30代とか20代とかの。彼ら『そんなやれないかな』『やったらどうなるかな』って思ってる人たちを、僕が言うことで勇気づけられているのかなとは思います」

SNSも盛んなシン時代、言葉の届き先への想像力がより求められる。取り巻く環境が年々変わりゆく中で、今年も高校野球が始まる。【金子真仁】

慶応の森林貴彦監督(23年8月19日撮影)
慶応の森林貴彦監督(23年8月19日撮影)