プロ野球ドラフト会議が24日に迫る。華やかさも厳しさもある世界を志す若者たちは、人生の分岐点を前に今、何を思うか。今回は履正社(大阪)時代に夏の甲子園で胴上げ投手となり、東都大学リーグで成長した東洋大・岩崎峻典投手(4年=履正社)と、三菱重工East・山中稜真外野手(23=青学大)の元へ。

東洋大・岩崎峻典(2023年11月14日撮影)
東洋大・岩崎峻典(2023年11月14日撮影)

19年夏、履正社で2年生ながら胴上げ投手に輝いた「背番号17」を覚えているだろうか。東洋大・岩崎だ。4年後のプロ入りを夢見ていた高校生は、大学を経てドラフト候補へ成長した。

最速は153キロ。安定して145キロ以上を投げ込み、変化球は手元で鋭く曲がる130キロ台後半のカットボールが武器。内角も強気に攻めていける投球が持ち味。メンタルも同様だ。野球でうまくいかなかくても「試合後は5分くらいだけ」と深くは落ち込まない。

そんな岩崎も、野球人生で一度だけ涙した日があった。3年秋に4回戦までもつれ込んだ入れ替え戦でサヨナラ負けし、2部降格。11月中旬の冷え込んだ神宮で、3時間30分超えの死闘もあった。「マジで寒かったですし、初めて野球で泣きました。号泣ですよ」。初戦先発は現日本ハムの細野晴希投手(22)が予想されていた中、抜てきに応えるように9回途中まで無安打投球と健闘した。それでも1部残留を果たせなかった悔しさは忘れられない。

大阪出身で、2歳上の兄を持つ。両親は「やりたいことをやりなさい」とほどよい距離感でサポートしてくれた。履正社には寮がないため、親の車で球場まで送り迎え。野球経験者で熱心に応援する親が多く「活躍できひんかった試合後の車はめっちゃ嫌や~」と、期待を重みに感じてしまう仲間も多かったという。だが、岩崎は「ダメだしとかされたことないですね。良かったときも『やるやん』ぐらいで。車の中ではずっと寝てました」と、伸び伸びと育てられた。

家族を含め、出会う人々に「恵まれてきた」と感謝する21歳。調査書は8球団から届いた。「もちろん選ばれたいです」。かつて聖地を沸かせた右腕は、プロでもっと輝く。【佐瀬百合子】

◆岩崎峻典(いわさき・しゅんすけ)2003年(平15)3月11日生まれ、大阪府大阪市出身。中学から大淀ボーイズで硬式野球を始め、高校は履正社へ進学。2年夏の甲子園で全国制覇。東洋大では1年春に公式戦デビュー。最速153キロ。178センチ、78キロ。右投げ右打ち。