野球経験者の現役国会議員の原点を掘り下げる「私と野球」第2回は、自民党の萩生田光一幹事長代行(62)から話を聞いた。
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早実から明大へと進んだ萩生田氏に、どうしても聞きたいことがあった。それは「早明戦なのか、明早戦なのか」だ。
インタビュー冒頭でドキドキしながら尋ねると「今では明早だね。若いうちは早明だったけどね」と陽気に答えた。「あの頃は内部推薦7割という時代だった。早稲田に行けるもんだと思っていたら行けなくて、明治に拾ってもらった」と懐かしそうに笑った。
軟式野球部出身で文武両道に憧れ、早実に一般受験で合格した。晴れて硬式野球部への入部を果たしたが、入部早々にある一件があってやめた。翌年に入学し、空前の「大ちゃんフィーバー」をもたらした1年後輩の荒木大輔氏(61)が関係している。
「昼休みに新入生の間でポジションの希望を聞くことがあった際に、同級生の1人が『サードは来年、荒木大輔が入ってくるからやめた方がいい』と他の新入生に言っていて。ただでさえ硬式出身者との力の差を感じていたところに来年のポジションまで決まっているのかと違和感を覚えて、思い描いていた野球部への憧れが崩れちゃったんだよね」と振り返る。退部したとはいえ同級生の頑張りはずっと応援し、甲子園観戦にも訪れた。「いつの日か俺も甲子園に行ってやろう」。兼ねて抱いた夢がかなったのは、21年春のセンバツだった。
始球式で甲子園のマウンドに上がった。あの時の興奮は忘れない。「人生の中で1番緊張したよ。選挙でも、あの時を超えるものは経験したことはないよ」と振り返るほどの大役を終えると、同級生たちから「高校生相手にあんな落ちる球投げたら打てない」「スライダーですか」とからかわれるメールが大量に届いた。「バカにしてやがってねって(笑い)。それだけ憧れていたからこそ、甲子園に立てた喜びも大きかった。高校生たちの発表の場としての甲子園はすごく大事だと思う」と実感した。
政治活動のかたわら、地元の八王子リトルシニアの名誉会長を務める。野球人口の減少に危機感は募らせ「都市部に限らずキャッチボールができない公園が増えてきて、子どもたちが野球に接する機会はどんどん減っているんだと思う。学校教育の中で野球やソフトボールをする楽しさを知ってもらう環境を作っていく必要があると思う」と力を込めた。「バスケでもいいし、水泳でもいい。子どもの時から何か1つのスポーツに特化する必要はなくて、野球も一緒にやっていけばいい。スポーツって上り口がたくさんあるようにしないとつまんないよ」。1つの価値観にとらわれない。柔軟な発想は野球から学んだものなのかもしれない。【平山連】
◆萩生田光一(はぎうだ・こういち)1963(昭38)年8月31日、東京・八王子市生まれ。早実-明大を経て、右投げ右打ち。八王子市立第十小時代はエース兼4番、八王子市立第二中とひよどり山中時代は主将を務め、文武両道を志し早実へ。明大卒業後、当時最年少の27歳八王子市議会議員に初当選。八王子市議3期、東京都議1期を経て、03年衆議院選挙で初当選。今年2月の衆院選で8度目の当選を果たす。右投げ右打ち。




